知り合いのKの話。
Kは大学の生物部員で、夏休みに入った時、先輩から「山の昆虫の生態調査」という課題を任された。
場所は大学の研究林に隣接する、原生林が残る山腹だ。
「定点カメラを設置して一週間ほど撮影するんだ。
どんな昆虫がいつ現れるか貴重なデータが取れるぞ」
先輩はそう言って、使い古された防水型のカメラと三脚を手渡してくれた。
Kは指定された場所、苔むした石段の脇にカメラをセットした。
そこは昼間でも薄暗く、ひんやりとした空気が漂う場所だった。
「なんか、ちょっと怖いな・・・」
そう呟きながらもカメラの録画設定をして帰った。
一週間後、Kはカメラを回収し大学に戻った。
データをパソコンに取り込み再生してみると、昼間は様々な昆虫が活動する様子が映っていた。
チョウ、トンボ、甲虫類・・・予想以上の成果にKは興奮した。
しかし夜間の映像を確認し始めた時、Kは息を呑んだ。
午前2時過ぎ、画面にノイズが走り、何か白いモヤのようなものが石段をゆっくりと降りてきたのだ。
それは人間のようでいて人間ではない、ぼんやりとした不定形の白い影だった。
「え・・・? なんだこれ・・・」
Kは思わず声を上げた。
それはほんの数秒間映っただけで、すぐに消えてしまった。
カメラのエラーかとも思ったが、その後の夜間映像にも同じような白い影が何度も映っていたのだ。
時間はバラバラだったが、いずれも深夜から明け方にかけて、石段を降りてくる様子が記録されていた。
Kは先輩に連絡し、急いで来てもらって映像を見せた。
先輩は画面を食い入るように見つめ、しばらく無言だった。
「これは・・・ まずいものかもしれないな」
先輩は深刻な顔で呟いた。
この山には昔から不思議な話が伝わっているらしく、特にこの石段付近で奇妙な現象や人影を見たという話が多い、との事だった。
そう言った後、先輩はまあ所詮噂なんだけどね、と話を濁し、それ以上の説明は避けた。
その後、Kはこの映像を大学の教授にも相談したが、明確な答えは得られなかった。
カメラの故障、光の加減、霧の影響・・・ 様々な可能性が考えられたが、結局、あの白い影の正体は謎のままだった。