深夜2時、都内にあるデザイン会社の事務所で、Aは一人黙々と残業をしていた。
締め切り間近のプロジェクトがあり、デザイナーであるAは、修正に次ぐ修正でへとへとだった。
4階にある静まり返ったオフィスには、Aの操作するPCのマウスのクリック音だけが響いている。
集中して作業を進めていたAだったが、ふと背後から視線を感じた。
「気のせいかな…」
そう思いながらゆっくりと振り返った。
しかしそこには誰もいない。
オフィスはがらんとしていて、Aの席以外すべての明かりが消されている。
奥の会議室からは、上司であるB 部長の低い話し声が聞こえてくる。
B部長もこのプロジェクトの責任者として、Aと共に遅くまで残業しているのだ。
「…気のせいか」
Aは再び作業に戻ろうとした。
しかし、今度は話し声が聞こえたような気がした。
それはかすれたような小さな声だった。
Aは恐怖で体が硬直し、再び振り返ることもできなかった。
その時、Aの席のすぐ横にある窓の外に、人の顔のようなものが浮かび上がった。
それはぼんやりとしていて、形がはっきりしない。
顔なのか、それともただの影なのかさえ判別できなかった。
次の瞬間、その顔が窓ガラスに張り付き、歪んだ形相でAを睨みつけた。
Aは恐怖のあまり悲鳴を上げてその場にうずくまった。
「B部長ー!」
Aは叫びながら奥の会議室に駆け込んだ。
会議室のドアを勢いよく開けると、B部長が驚いた顔でAを見た。
「どうしたんだA! そんなに慌てて…」
B部長が言葉を続ける前にAは窓の外を指差した。
「あそこに…顔が…」
B部長もAの指差す方向を見た。
その時、窓の外にぼんやりとした顔が浮かび上がり二人を睨みつけた。
B部長も息を呑んだ。
それは紛れもなく人の顔だった。
二人は顔を見つめ返したまま身動き一つできなかった。
やがてその顔はゆっくりと闇に溶けるように消えていった。
何が起きたのか理解するのにしばらく時間がかかった。
B部長は震える手でスマートフォンを取り出し、時刻を確認した。
既に午前2時を回っていた。
「A、もうこんな時間だ。今日はもう帰ろう」
B部長はAの肩に手を置き、二人で急いで帰り支度を始めた。
オフィスを出る際、Aは恐る恐る窓の外を確認したがそこにはもう何もいなかった。
次の日から会社の残業に関するルールが変更された。
深夜0時以降の残業は禁止となり、Aのように一人で遅くまで残業することもなくなった。