あれは確か、私がまだ駆け出しの怪談師だった頃の話でございます。
ある山奥の村に伝わる「赤い着物」の怪談を採集しに行った時のことでした。
その村は、古くから「赤い着物を着た女に出会ったら、決して目を合わせてはならない」という言い伝えがあるそうでして、興味津々の私は早速村人たちに話を聞いて回りました。
しかし、話を聞けば聞くほどその「赤い着物」の女の正体は謎に包まれ、得られる情報は
「夜中に山道で赤い着物を着た女を見た」
「女の顔は影になっていて見えなかった」
「女を見た者はその後、原因不明の熱病で死んでしまった」
といった断片的なものばかり…。
それでも諦めきれなかった私は、夜になって問題の「赤い着物」の女が出ると噂の山道へと、無謀にも足を踏み入れてしまったのです…。
その夜は月明かりがほとんどなく、山道は暗闇に包まれていました。
私は懐中電灯の薄明かりを頼りに進んでいきました。
周囲は静寂に包まれ、木々のざわめきすら聞こえませんでした。
しばらく進むと急に冷たい風が吹き抜け、鳥肌が立ちました。
するといつからいたのかわかりませんが、山道の先に人影が立っています。
薄暗い中でもはっきりと見える、赤い着物を着た女性の姿でしたが、何故か顔は黒い影に覆われていて表情は全く見えません。
村人たちの警告が頭をよぎります。
「赤い着物の女に出会ったら、決して目を合わせてはならない」
しかし恐怖と好奇心が入り混じり、私はその場に立ち尽くしてしまいました。
女性はゆっくりとこちらに向かって歩いてきます。
足音一つ聞こえず、まるで地面を滑るような動きでした。
目を合わせてはならないと言われていたにもかかわらず、その異様な姿に目を奪われてしまいました。
女性が私の目の前に立ち止まった時、冷たい風が再び吹き抜け、私の体は凍りつきました。
彼女の顔はまだ見えませんが、その冷たい雰囲気だけで十分に恐ろしいものでした。
息を呑んだその瞬間、女性が静かに手を伸ばしてきました。
細く白い手が私の顔に触れようとするその時、恐怖に耐えきれず、私は後ろを向いて一目散に逃げ出しました。
全速力で駆け抜け、ようやく山道の出口にたどり着いた時、村の灯りが見えました。
足は震え息も絶え絶えでしたが、無事に戻れた安堵感で体が崩れ落ちそうになりました。
村の飲み屋がある場所に行くと村人たちが数人いたので、今あった事の次第を話しました。
彼らは驚きつつも、無事であったことを喜んでくれました。
その後、そこにいた老人が言いました。
「君が目を合わせなかったのは幸運だ。だが、次に同じことが起きた時はどうなるかわからない。
赤い着物の女は怨霊だと言われている。
彼女に目を合わせることはその呪いを受けることになる。」
その夜、私は村人たちとともに過ごし、赤い着物の女についてさらに話を聞きました。村には長い年月を経て幾度となく伝えられてきた数多くの恐ろしい話がありましたが、私が体験したことはその中でも特に恐ろしいものでした。
怪談師としてのキャリアを通じて数多くの怪談を聞いてきましたが、あの夜の恐怖は今でも忘れられません。