ある夏の夜、Aさんは山奥の温泉宿に一人で宿泊していた。
その日は涼しい風が吹いており、夕食後に夜の散歩に出かけた。
山道を歩いていると、ふと前方に青白い光が見えた。
「何だろう?あの光は」
Aさんは好奇心に駆られて光の方向に足を向けた。その光は狐火と呼ばれるもので、妖しい輝きを放ちながら揺らめいていた。
「まるで灯りが踊っているみたいだ…」
Aさんはその光に魅せられ、つい追いかけてしまった。狐火はまるでAさんを誘うかのように、一定の距離を保ちながら進んでいく。
どれくらい歩いたか分からないが、気づけば山道を外れ、見知らぬ場所に迷い込んでいた。周囲は深い霧に包まれ道はまったく見えない。
「しまった、迷子になってしまった…」
Aさんは焦り、周囲を見渡したが狐火はもう見えなくなっていた。
途方に暮れていると背後から声が聞こえてきた。
「こちらに来てはいけない…」
振り返るとそこには、黒くて長い髪の美しい女性が立っていた。彼女は赤や黄色、色々な模様の着物を纏い、じーっとAさんを見つめている。
「あなたは誰ですか?どうしてここに?」
Aさんが尋ねると女性は静かに答えた。
「私はこの山に住む者。この先に進むと二度と戻れなくなる。だから早くここを離れなさい。」
Aさんはその言葉に従い急いで引き返すことにしたが、霧の中で方向感覚を失い、どちらに進めば良いのか分からなかった。
「どうしよう…」
その時再び狐火が現れ、今度はAさんの足元を照らしながらゆっくりと進んでいく。
「狐火が道を示している?」
Aさんは狐火を信じてついて行くことにした。不思議なことに、狐火が進む方向に従うと少しずつ霧が晴れてきた。
しばらく歩くと見覚えのある山道に戻ってきた。狐火はそこで消え、辺りは静まり返っていた。
Aさんは無事に宿に戻り、狐火に導かれた奇妙な体験を思い返しながら、その夜を過ごした。