山深い山中で一人で登山をしていた時の話。
日が暮れ、予定していたよりもだいぶ道を進んでしまっていた私は、途方に暮れかけていた。
そんな時、木々の奥まった所に古びた山小屋があるのに気づいた。
「あんなところに…」
山小屋なら管理人が常駐しているはずだが、呼び鈴を鳴らしてもノックをしても反応がない。
少しためらったが扉を開けると、中は薄暗く人の気配は感じられない。
「誰かいますかー!」
大声で呼びかけても返事はなかった。
仕方なく、勝手に泊まるわけにもいかないので、せめて夜明けまで休ませてもらおうと、土間で休むことにした。
リュックから毛布を取り出し、床に敷いて横になる。
どのくらい経ったか分からないけど、静寂の中、どこからか
「トン…トン…」
と鈍い音が聞こえてきた。
音のする方を探してみると、どうやら厨房から聞こえてくるようだ。
恐る恐る厨房を覗いてみたけど誰もいない。
しかし音は確かに聞こえる。
「トン…トン…トン…」
まるで包丁で何かを叩き切るような音だ。
私は背筋に冷たいものを感じた。
この山小屋には何かがいる。
そう思った私は音を立てないように戻り、山小屋の出入り口の近くの壁によりかかり、朝になるのを待った。
ウトウトし始めた頃、気がつくと外は明るんできていた為、急いで毛布をしまって山小屋を飛び出した。
そして一刻も早くこの山から下りようと、走り出した時、後ろから何者かの足音が聞こえてきた。
振り向く勇気はなく、必死に山を下り続けた。
ようやく麓にたどり着いた時、後ろを振り向いたが何もいなかった為安心した。
その後近くでやっていた飲食店に入った私は、店の中にいた店長さんにその事を話してみたところ
「その山小屋は昔、猟師が山で獲物を捌いていた小屋なんだそうだ。
その猟師は山で遭難して亡くなったらしいが…今でも夜になると、あの小屋から包丁の音が聞こえてくるって噂を聞いた事があるよ」
と言った。