これはある家族が彼岸の季節に体験した話。
毎年春と秋の彼岸になると、家族でお墓参りに出かけることが習慣になっていた。
その年も例年通り、お供え物を持ってお墓へ向かうことにした。
墓地は山奥にあり、周囲にはひっそりとした古い林道が続いている。
その日は夕方から少し曇り空で、いつもと違う不思議な雰囲気が漂っていた。
墓地に着いた頃、太陽が沈みかけていて、薄暗い中で家族は黙々と掃除を始めた。
やがて掃除が終わり、お墓の前で手を合わせていたとき、突然祖母が
「耳を澄ましてみて」
と囁いた。
家族全員が耳を澄ますと、どこからともなく川のせせらぎが聞こえてくる。
しかし近くに川などない。
「ここには川なんてないよね?」
と母が言う。
その時、ふと足元を見た父親が声を上げた。
足元に小さな木の舟が置かれていたのだ。
それは小さいのによく出来た船で、まるで本物の船をそのまま小さくしたようなものだった。
家族全員でその船を見ていると、その船は誰も触っていないのに音もなくゆっくりと動き出し、まるで何かに導かれるように見えない川を進み、やがて消えていった。
家族全員がびっくりしてその光景を見ていたが、何が起こっているのか理解できず、すぐにその場を離れた。
帰り道、誰も一言も話さず、ただ背後で川のせせらぎが聞こえてくるかのような不気味な気配を感じていたそうだ。
「彼岸の季節は、あの世とこの世が繋がる時期だ」と言われるが、その時、家族が目にしたのは本当に渡し船だったのだろうか。