Kさんはその日、仕事が忙しくストレスを感じていた。
近所にある紅葉の名所がライトアップされていると聞き、一人でリフレッシュがてら夜の散歩に出かけることにした。
紅葉を見るのは久しぶりで、綺麗な景色を見て気分転換になるだろうと思ったのだ。
山道はKさんの住んでいる場所から車で30分ほどの距離で、地元の人たちにはよく知られた観光スポットだった。
その場所に着いたのは夜の8時過ぎ。
ライトアップされた紅葉は美しく、Kさんは少し歩いてみることにした。
車を駐車場に停め、紅葉のトンネルのような山道を進んでいくうちに、周りには観光客がまばらになりKさんはひとり静かに景色を楽しんでいた。
赤や黄色に色づいた葉が鮮やかに照らされ、まるで幻想的な世界に迷い込んだかのようだった。
歩きながら紅葉の美しさに見とれていたが、ふと気づくと周りが不自然に静まり返っている事に気がついた。
さっきまで他の観光客も歩いていたはずなのに、いつの間にかKさん一人だけになっている。
気にはなったものの特に異変は感じず、歩き続けることにした。
しかし、しばらく進んだところでKさんは足元に違和感を覚えた。
ライトアップされた道が突然途切れているように見えたのだ。
紅葉が地面一面を覆っていて、道がどこなのか分からなくなっていた。
少し戻ってみようと思って振り返ったが、今度は後ろの道さえも紅葉で埋め尽くされていた。
紅葉の美しさとは裏腹に何か不気味なものを感じ始め、Kさんは焦りを覚えた。
どこかおかしい、と。
いつもの山道のはずなのに、紅葉があまりに濃密で、完全に景色を覆い隠していた。
少しずつ足早に歩き出したKさん。
しかし進む方向すら分からなくなり、紅葉の木々がまるで迷路のように立ちはだかっていた。
しばらく歩いたが周りの景色は全く変わらない。
紅葉の中でまるで同じ場所をぐるぐる回っているような気がして、焦りはますます募っていった。
(出口はどこだ)
そう思って足を進めていると、風に揺れる「カサカサ」という葉の音が聞こえてきた。
その音が妙に近い。
まるで誰かが近くで紅葉を踏んでいるように。
Kさんは恐怖心を抑えきれず、叫び出したかったが声が出なかった。
気がつけば、Kさんは完全に見知らぬ場所に迷い込んでいた。
紅葉の木々が密集して立っていて、どこを見渡しても出口は見つからない。
辺りは次第に暗くなり、ライトアップの光も弱まり始めていた。
「どうして、こんなところに来てしまったんだろう…」
紅葉に囲まれて、Kさんは永遠にここから出られないような感覚に囚われた。
結局Kさんはその夜、誰かに助けを求めることもできず、朝になってようやく地元の人に発見された。
しかし彼が見つかった場所は、紅葉のライトアップエリアとはまるで違う、山のずっと奥のほうだった。
どうやってその場所にたどり着いたのか、Kさん自身も全く覚えていないという。