Yさんが昔住んでいた村の外れには、30分ほど山道を進んだ先に廃村があった。
誰も住んでいないその村は、草木に覆われ、時間が止まったような静寂が漂っている。
しかし、その中でも特に目を引くのが、村の奥にひっそりと建っている古びた木造の納屋だ。
Yさんが高校生だった頃、友人たちと一度だけその廃村に肝試しに行ったことがあった。
村人の間ではその納屋にまつわる不気味な噂がささやかれていたからだ。
「夜になると、あの納屋の中からすすり泣く声が聞こえることがあるらしい」
当時はその話を聞いても半信半疑だったYさんたち。
しかしその夜、実際に廃村へ足を踏み入れた彼らは、納屋に近づくにつれて異様な雰囲気に包まれた。
「なんか、やばいな…」
友人の一人が言いかけたその時。
すすり泣く声が突然聞こえた。
納屋からではなくすぐ近くからだ。
Yさんは思わず背筋が凍り、声の方を見たがそこには誰もいない。
しかし、その声は確かに聞こえ続けていた。
「声が…違う、あっちだ…」
友人の声に振り返ると、納屋の方ではなく、背後の廃屋の一つから何かが動いたような気配がした。
すすり泣く声はそこから聞こえていた。
Yさんたちは怖さに震えながらもその廃屋に足を向けた。
するとドアがかすかに開いているのが見えた。
「中に入ってみようか?」
と一人が言ったが、全員が足を踏み出すことができなかった。
その時、突然ドアが音もなくゆっくりと開いた。
中は真っ暗だが、そこには何かが潜んでいるかのような気配が漂っていた。
「帰ろう…」
その場の空気に耐え切れず、Yさんたちは納屋どころか廃屋の中にも入らず、ただ一目散にその場を後にした。
だが村に戻る途中、後ろからまたすすり泣く声が聞こえた。
振り返ると、納屋の方からかすかに光が漏れているように見えた。
すすり泣く声と共に、今度はその納屋がまるで彼らを呼び寄せるように光っている。
「なんだあれは…」
結局、誰もその光の正体を確かめることはなく、Yさんたちは無言でその場を離れた。
そして後日、地元の年寄りたちにその話をしたが、誰もその光については知らなかった。
ただ一つだけ言われたのは、「あの納屋は、昔から何かがおる場所だから近づくな」