ある村の外れにある神社は、静かでひっそりとした場所だった。
神無月になると、村人たちはその神社に近づかないようにしていた。
理由は古くからの言い伝えによるもので、「神無月の夜になると神社の境内に多くの狐が集まってくる」とされていたからだ。
狐たちは神様が留守の間に神社を守っているとも言われていたが、実際は何かを呼び寄せているという不気味な噂もあった。
特にその場に居合わせた者は、不思議な出来事に巻き込まれるとも囁かれていた。
ある年の神無月の頃、YさんとMさんはその噂が本当かどうかを確かめようと、好奇心から神社へと向かった。
夜は更け、二人は懐中電灯を持って静まり返った神社の鳥居をくぐった。
境内は月明かりに照らされ、木々の影が不気味に揺れていた。
「本当に狐なんかいるのかな?」
とMさんが少し不安そうに呟いた。
「まあ確かめてみよう」
とYさんは笑いながら境内を見渡した。
しばらく二人が神社を歩き回っていたその時、何かが視界の端に映った。
境内の隅のほうで何かが動いている。
それは影のように素早く、音も立てずに姿を現した。
懐中電灯の光を向けるとそこには白く光る狐が一匹、じっとこちらを見つめていた。
「見ろ、狐だ!」
Mさんが声を上げるが、その瞬間、周りの暗闇の中からさらに多くの狐が次々と姿を現し始めた。
最初は一匹だけだったはずが、気づけば境内の至るところに狐が集まり、静かに彼らを囲んでいた。
狐たちは何も言わずただ二人をじっと見つめている。
「なんだこれ…」
Yさんは不安そうに声を震わせた。
その時、風が止まり周囲の空気が急に重くなった。
狐たちは全員同じ方向を向いていた。
その視線の先には本殿があった。
そして突然本殿の扉がギギギ…と音を立てて開いた。
やがてその扉の向こうから、黒い霧のような何かがゆっくりと流れ出してきた。
狐たちは一斉にその霧を見上げ、まるでそれを呼び寄せているかのようだった。
二人は恐怖でその場から動けなくなった。
次の瞬間、狐たちが一斉に吠えた。
その吠え声は耳をつんざくようで、YさんとMさんは恐怖のあまり我に返り、懐中電灯を放り出して走り出した。
足元もおぼつかないまま、何とか鳥居をくぐって境内を抜け出したが、後ろを振り返る勇気はなかった。
村に戻ると、二人は互いに顔を見合わせ何も言わなかった。
だが、彼らの後ろには狐たちのじっとした視線が、いつまでも感じられているかのようだった。