Tさんがその話を耳にしたのは、高校時代の友人からだった。
地元の外れにある山の麓に、使われなくなった小さな山小屋がある。
今では廃屋となり誰も近寄らない場所だ。
しかし、その山小屋には妙な噂がつきまとっていた。
「夜になると、窓にぼんやりと顔が浮かぶんだよ。
しかもそれを見た後に小屋に入ると、帰り道で必ず迷うらしい」
Tさんはその話を聞いて興味をそそられた。
友人たちと肝試しがてらその山小屋に行くことになった。
夜の9時過ぎ、Tさんたちは懐中電灯を手に山道を進んだ。
月明かりに照らされる廃屋は、木々に埋もれるようにひっそりと佇んでいる。
窓ガラスはひび割れ、屋根には大きな穴が開いていた。
「本当に顔なんて見えるのかな?」
一人がそう言って笑った瞬間、Tさんは凍りついた。
窓に確かに顔が浮かんでいる。
年齢も性別も分からない、ぼやけた白い輪郭がじっとこちらを見つめていた。
「誰かいる」
誰かが呟くと同時にその顔がふっと消えた。
全員息を呑む中、好奇心旺盛な友人が小屋の扉を押し開けた。
中はただの廃屋だった。
朽ちた家具と落ち葉が散らばり、他に特に目立つものはない。
全員が「何もないじゃん」と肩をすくめ、意気消沈して帰り道に向かった。
ところがその帰り道が奇妙だった。
来た道をそのまま戻っているはずなのに、何度も見覚えのない風景に出くわす。
やがて懐中電灯の電池が切れ、山道は漆黒の闇に包まれた。
「道、こっちで合ってる?」
誰も確信を持てない中全員が黙り込む。
すると突然、背後の闇の中から何かが落ち葉を踏む音が聞こえた。
「誰かいるのか?」
恐る恐る振り返るが誰もいない。
それでもその音だけは一定の間隔で近づいてくる。
全員がその場を走り出し、やっとのことで山道を抜け出した時には夜明けが近づいていた。
後日、その話を地元の古老に話したところ
「あそこは誰も行っちゃいけない場所だ」
と叱られた。
小屋にはかつて一人の猟師が住んでおり、遭難者を救おうとして命を落としたという。
それ以来、小屋に近づいた人を迷わせる霊がいると噂されているのだそうだ。