大学を機に一人暮らしを始めたSさんは、駅から少し離れたアパートに引っ越した。
築年数は古いものの家賃は安く、周囲は静かで最初の印象は悪くなかった。
しかし、引っ越して数日が過ぎた頃から夜になると妙な現象に気付き始めた。
深夜12時を過ぎた頃。
明日への準備を済ませて眠ろうとしていると、外から聞こえる足音…階段を上る音だ。
アパートは2階建てでSさんの部屋は2階にある。
最初は「隣人が帰ってきたんだろう」と気にも留めていなかった。
しかしその足音は必ず9段目で止まる。
1段、2段…8段目までは規則正しく響くのに、9段目に差し掛かると音が途切れる。
それ以上動く気配もないし、上の階へ到達することもない。
「気のせいだろう」
そう自分に言い聞かせて数日が過ぎたが、その現象は毎晩のように繰り返された。
階段を上がる音が始まるたび、Sさんは心臓がドキドキして眠れなくなっていった。
ある夜、恐怖に耐えきれなくなったSさんは、足音がするタイミングでドアスコープを覗き込んだ。
暗い階段が見える。
下から徐々に足音が近づいてくる…1段、2段、3段。
緊張で手に汗が滲む。
そして、9段目に達した瞬間。
ピタッと音が止まり、Sさんの視界に黒い影が浮かび上がった。
それは人の形をしているように見えたが、顔はなく、代わりに深い闇がぽっかりと空いているだけだった。
影は動かずただ9段目で静止していた。
次の瞬間、Sさんはスコープから目を離してドアから離れた。
その後足音も影もなくなり静寂が戻ってきた。
翌朝、Sさんは荷物をまとめすぐに引っ越しを決意したという。
それから数年後、Sさんはそのアパートがかつて火災に遭い、階段で逃げ遅れた住人が9段目で命を落としたという話を耳にした。