単独登山を趣味にしているYさんは、その日も山深くまで入り込んでいた。
天気予報では夕方から雨という話だったが、いつものように山道を進んでいると、予報よりも早くポツリポツリと雨が降り始めた。
雨足は次第に強くなり、Yさんは近くにあった枝の長い大木の下で雨宿りをすることにした。
大木の下に簡易テントを張り、簡単な食事を済ませるとすぐに寝る事にした。
どのくらい経ったのか分からない頃、Yさんのテントのすぐ前を誰かが歩いているような足音が聞こえた。
バシャッ、バシャッ、バシャッ…。
濡れた地面を踏む音がゆっくりと行き来する。
テントを少し開けて見てみたが、外を歩いている者はいない。
ただ足音が鳴るたびに、水飛沫がの目の前で跳ねるのが見える。
まるで目に見えない何者かが雨の中を歩いているようだった。
最初は恐怖で身体が固まっていたYさんだが、次第に苛立ちも感じるようになった。
「こんな深夜に、人をからかっているのか?」
と思い切って声を張り上げたが返事はない。
足音は変わらず行き来を続けるだけだった。
ついに我慢できなくなったYさんは、大木から離れた場所へ移動することを決意した。
急いでテントを片し、雨の中を歩いて数十メートルほど離れると、不思議なことに足音はぴたりと止んだ。
丁度いい場所にまた簡易テントを張り、中に入ろうとした時、空が閃光に包まれた。
轟音とともにYさんが先ほどまでいた大木に雷が直撃したのだ。
雷の光が一瞬だけ山中を照らし、大木の枝葉が焼け落ちる光景が浮かび上がる。
その後は再び闇と雨音だけが残った。
Yさんはその場で固まった。
「あの足音が危険を察知して教えてくれたのか?」
そう思うと不気味さとともに妙な感謝の念すら湧いてきたという。
それ以来、山の中で夜に誰かの足音が聞こえたときは、何かの警告かもしれないと信じているそうだ。