Yさんが新人の頃、ロープウェイの係員として働いていた時のこと。
その日は昼過ぎから濃い霧が立ち込め、視界がほとんど効かない状態だった。
霧の日は乗客が少なくなることが多く、Yさんも特に大きなトラブルなく終われるだろうと考えていた。
午後5時を過ぎたころ、山頂からの最終便が運行される時間になった。
霧はますます濃くなり、ロープウェイのゴンドラが到着するのを待つ間、ぼんやりと白い世界を眺めていたYさんだったが、遠くからかすかにワイヤーが軋む音が聞こえ、やがてゴンドラが到着した。
ゴンドラの扉が開くと中には意外にも大勢の乗客がいた。
満員というほどではないが、通常の最終便にしては珍しい数だ。
ほとんどが山歩き用のリュックを背負った人たちで、足元には泥がついている者も多かった。
Yさんは「お疲れさまでした」と声をかけながら一人ずつ降車を促したが、降りたのはほんの数人だけだった。
残りの乗客はそのまま座り込んで動こうとしない。
「すみません、最終便ですので降りていただけますか?」
Yさんがもう一度声をかけると、奥に座っていた中年の男性がゆっくりと顔を上げた。
その目はどこか虚ろで焦点が定まっていないように見える。
そして乗客たちは次々にYさんの方を一瞥し、無言で顔を伏せた。
不気味に思ったが、Yさんはさらに声を張り上げ「降りてください」と促した。
すると目の前の乗客たちの輪郭がぼんやりと揺らぎ始めた。
まるで霧の一部と同化するかのように、スーッと薄くなり、次の瞬間には全員の姿が掻き消えてしまった。
呆然と立ち尽くすYさん。
ゴンドラ内に残されたものがないか確認するが、座席には埃ひとつない状態で誰かが座っていた形跡すらなかった。
その後上から降りてきた年配の係員さんに話すと、さっき乗ったのはほんの数人でそんな大勢じゃなかったとの事。
さらに
「霧の日の最終便ではたまにあることなんだ。
何十年か前に登山客が遭難した一件があってな…。
それ以来霧が多い日にはそういう事がある事もあるって聞いたな。
僕は見た事が無いけどね」
気になったYさんが調べてみたところ、それは深い霧の中でロープウェイに乗れなかった複数の登山客が、行方不明になったという事件だった。