怖い話と怪談の処

ブログ名の最後の文字は(ところ)と読みます。怖い話や不思議な話が大好きな方、是非ご堪能下さい。記事への★ありがとうございます。

霧の日の乗客

Yさんが新人の頃、ロープウェイの係員として働いていた時のこと。

その日は昼過ぎから濃い霧が立ち込め、視界がほとんど効かない状態だった。

霧の日は乗客が少なくなることが多く、Yさんも特に大きなトラブルなく終われるだろうと考えていた。

 

午後5時を過ぎたころ、山頂からの最終便が運行される時間になった。

霧はますます濃くなり、ロープウェイのゴンドラが到着するのを待つ間、ぼんやりと白い世界を眺めていたYさんだったが、遠くからかすかにワイヤーが軋む音が聞こえ、やがてゴンドラが到着した。

 

ゴンドラの扉が開くと中には意外にも大勢の乗客がいた。

満員というほどではないが、通常の最終便にしては珍しい数だ。

ほとんどが山歩き用のリュックを背負った人たちで、足元には泥がついている者も多かった。

Yさんは「お疲れさまでした」と声をかけながら一人ずつ降車を促したが、降りたのはほんの数人だけだった。

残りの乗客はそのまま座り込んで動こうとしない。

「すみません、最終便ですので降りていただけますか?」

Yさんがもう一度声をかけると、奥に座っていた中年の男性がゆっくりと顔を上げた。

その目はどこか虚ろで焦点が定まっていないように見える。

そして乗客たちは次々にYさんの方を一瞥し、無言で顔を伏せた。

不気味に思ったが、Yさんはさらに声を張り上げ「降りてください」と促した。

すると目の前の乗客たちの輪郭がぼんやりと揺らぎ始めた。

まるで霧の一部と同化するかのように、スーッと薄くなり、次の瞬間には全員の姿が掻き消えてしまった。

呆然と立ち尽くすYさん。

ゴンドラ内に残されたものがないか確認するが、座席には埃ひとつない状態で誰かが座っていた形跡すらなかった。

 

その後上から降りてきた年配の係員さんに話すと、さっき乗ったのはほんの数人でそんな大勢じゃなかったとの事。

さらに

「霧の日の最終便ではたまにあることなんだ。

 何十年か前に登山客が遭難した一件があってな…。

 それ以来霧が多い日にはそういう事がある事もあるって聞いたな。

 僕は見た事が無いけどね」

 

気になったYさんが調べてみたところ、それは深い霧の中でロープウェイに乗れなかった複数の登山客が、行方不明になったという事件だった。