おそば屋さんで働いているTさんが、何年か前に経験した年末の奇妙な出来事。
それは12月31日の夕方、普段は配達を頼まない家から「夜遅くに年越しそばを届けてほしい」という連絡が入ったところから始まった。
その家は街外れにあり、古い日本家屋だった。
夜になり、Tさんは注文されたそばを持って家を訪れた。
庭先から見える座敷には灯りがともり、中に一人の人影があった。
着物を着た老人のようだったが、Tさんが玄関で
「そばをお持ちしました」
と声をかけても何の応答もない。
不思議に思い何度か声をかけたところ、突然
「玄関は開いておりますので、上り口に置いておいてください」
とかすれた声が中から聞こえた。
声は小さく弱々しいものだったが、Tさんは指示通りそばを玄関に置いてその場を後にした。
翌朝、Tさんは配達したお金を受け取りに再びその家を訪れた。
しかし、昨日の夜に見た立派な家が、見る影もなく廃墟になっていた。
驚きながらも玄関を恐る恐る開けてみると、そこには空になったそばの容器とともに、ぴったりの代金が置かれていた。
Tさんはその光景を見て冷たい風が吹き抜ける中、思わず後ずさりしたという。