知り合いの話。
彼の叔父は漁師だった。
島で暮らしていた彼は、よく叔父の船に乗せてもらい漁の手伝いをしていたという。
ある日、叔父が仲間の漁師たちと沖に出た。
その日は潮の流れが良く、大漁が期待できる状況だった。
しかし漁の最中に無線が飛んできた。
「すぐに引き上げろ!あれが出た!」
慌てた声だった。
叔父はすぐに船を旋回させたが、仲間の船のひとつがまだ網を引いていた。
網を手早く片付けようとする漁師たちの向こう、波間に何かが見えた。
黒い。
まるで長い髪の毛の束のようなものが、水面を漂いながら近づいてくる。
それが流木のように見えた者もいれば、巨大な魚の影に思えた者もいたという。
だがそれが触れた網が、ずるりと引き込まれた。
「切れ!早く!」
叫び声と同時に漁師たちはナイフで網を切り捨てた。
すると先ほどまで重く引かれていた網の重みが一気に消えた。
叔父はエンジンを全開にし、仲間の船と共にその場を離れた。
振り返るとあの黒い影はすでに波の間に消えていた。
港に戻った後、叔父は昔の話をしてくれた。
昔、ある漁師が沖で同じものを見たという。
人かと思い助けようとしたが、近づいた途端に船が転覆し、漁師は海に投げ出された。
必死で泳ぎ、途中で仲間の船に救い上げられたが、彼の網や道具はすべて消えていた。
「助かったのは運が良かっただけだ。
下手をすれば海に引き込まれていたかもしれない」
今でもその海では、ときどき黒い影を見たという話が漁師たちの間で語られている。