友人の話。
彼は登山が趣味で、休日にはよく山へ出かける。
ある日、低い山を軽く登った後、山道の脇にある小さな沢で休憩していた。
水を汲んでいると、少し離れた場所で同行していた後輩が何かをじっと見つめている。
「どうした?」と声をかけると、後輩は沢の向こうを指さして言った。
「鹿がいるんです。でも、ちょっと変で…」
見ると霧がかかった木々の間に、確かに動物の姿があった。
ぼんやりとした影だったが、細長い脚としなやかな体つきは鹿のようにも見える。
しかし、奇妙だったのはその首の長さだった。
まるで木の枝のように細く、異様に長い。
顔の形もはっきりしないが、目だけが闇の中でじっとこちらを見つめていた。
「鹿…なのか?」
友人がそう呟いた瞬間、それはゆっくりと首を折り曲げるようにして霧の奥へと消えていった。
「今の、何だったんでしょう?」
後輩はそう言いながら、ぎゅっと握った手を開いた。
そこには小さくかじられたドングリが残っていた。
後輩によると、さっきの"鹿"が首を伸ばしてきて、手のひらのドングリを食べたのだという。
彼はその時、長い舌の感触と、固い歯がドングリを噛む音を確かに感じたらしい。
あの霧の中にいたものは、本当に鹿だったのだろうか。