七月に入り、避暑地の湖は観光客で賑わうはずだった。
しかし今年は何かがおかしい。
湖畔のキャンプ場を管理するSさんは、湖のほとりで奇妙な跡を見つけた。
それはまるで小さな手のひらを押し付けたような形をしていた。
最初に見つけたのは湖開きの日の早朝。
湖から泥のようなものが這い出し、岸へと向かって進んだ跡が残されていた。
しかしそれは数メートルほど進んだところで、突然途切れていた。
「動物の仕業かもしれないな」
そう思い気には留めなかった。
だがその跡は翌朝も同じ場所に残されていた。
しかも毎回少しずつ位置が変わっている。
湖から這い出し、キャンプ場へと近づくように。
管理人仲間と話し合ったが「子供のいたずらだろう」という意見が多く、深く追及する者はいなかった。
ただキャンプ場に泊まった客の中には、夜中に水音が聞こえたとか、誰もいないのに足音がしたと話す者もいた。
そして一週間後のことだった。
ある親子連れのキャンパーが、朝早くに受付へ駆け込んできた。
「すみません、夜中に誰かテントの周りを歩いていたんです。
気になって見たら変な跡が残ってて…」
不安げな顔の父親と、怯えた様子の小さな女の子。
湖畔へ向かい、彼らが見たという場所を確認するとそこには――
例の小さな手の跡が、テントのすぐそばまで続いていた。
それが何を意味するのか誰も分からない。
ただそれ以降も跡は増え続け、やがてキャンプ場の奥へと消えていった。
そのまま黙っていれば、いずれ観光客も気付かなくなるだろう。
そう思って誰も何も言わなかった。