蒸し暑い夏の夜。
Tさんは寝苦しさに耐えかね、天井を見つめていた。
窓の外からは、夜なのに鳴き止まないカエルの声が響いている。
普通なら心地よい田舎の音だが、その夜は何かが違った。
妙にうるさい。
枕を耳に押し当てても鳴き声はどこまでも響いてくる。
まるで家の中まで入り込んでくるようだった。
「ちょっと外の空気でも吸うか…」
そう思いTさんは玄関のドアを開けた。
途端にぞわりと鳥肌が立つ。
そこには無数のカエルが地面を埋め尽くしていた。
庭も道も視界に入るすべての場所が、小さな体でびっしりと覆われている。
そして――そのカエルたちの間に、人の顔が見え隠れしていた。
薄暗い外灯の下、Tさんは思わず目を凝らした。
泥にまみれたような顔が、苦しげな表情を浮かべている。
口を動かし何かを言おうとしているが、声はカエルの鳴き声にかき消されている。
「…何だよ、これ…」
冷たい汗が背中を伝う。
恐怖に駆られ慌てて家の中に戻ろうとした。
その瞬間、鳴き声が一斉に止まった。
Tさんの足が凍りつく。
静寂。
いや――静寂ではない。
かすかに低い囁きが混じっている。
「ようやく…」
「やっと…」
Tさんの背筋がぞくりとした。
足元のカエルがゆっくりと顔を上げた気がした。
――ガタンッ!
物音と同時にTさんは勢いよくドアを閉めた。
心臓の鼓動がうるさいほど響いている。
しばらくして意を決してもう一度ドアを開けた。
…そこには何もいなかった。
カエルも人の顔もすべて消えていた。