Sさんが体験した話。
季節は秋の終わりごろ、Sさんが地方出張で泊まったとある町外れのビジネスホテルでのことだった。
そこは古びていて受付以外人がおらず、廊下の蛍光灯もところどころちらついていた。
設備は最低限、値段も格安。
だが寝るだけなら不満はなかったという。
Sさんの部屋は3階。
窓の外は駐車場と、低いフェンスの先に竹林が広がっていた。
その夜、ベッドに入ってしばらくしてからのこと。
「…コツン…コツ…コツン…」
窓の方から小石が当たるような音が聞こえた。
最初は気のせいかと思ったが、音は途切れながらも何度か続いた。
不審に思ったSさんはカーテンを開け見渡してみたが、誰もいない。
窓の外は闇に包まれ、竹の影が風に揺れているだけだった。
3階という高さに人がよじ登るのは難しい。
風の音か、何かが飛んできたのかもしれない。
そう自分に言い聞かせて、そのまま寝たそうだ。
翌朝、Sさんは洗面台に行く前にカーテンを開けた。
その瞬間、背筋に冷たいものが走ったという。
窓の外側、結露したガラスに小さな手形がいくつも残っていたのだ。
子どもの手のように小さく、しかもその数は十以上。
不自然なことに、そのどれもが外側から内側に向かって押された跡だった。
足場も何もない場所で、どうやってそれが付いたのか――
Sさんはそれ以上考えたくなくなり、早々に宿を後にした。
その旅館、今も営業しているらしいが、3階のあの部屋には、妙に予約が入りにくいという噂がある。