Mさんが体験した話。
彼が引っ越してきたのは、築年数の古いアパートの一室だった。
「駅からも近いし、家賃も安いから助かる」と思って決めたが、どうにも気になる点があった。
それは「三号室だけがずっと空いていた」ということ。
他の部屋にはそれなりに住人がいるのに、その部屋だけが数ヶ月も空いていたという。
だがMさんはそんなこと気にもせず、すぐに入居を決めた。
異変を感じたのは引っ越してから数日後。
夜になると決まって押し入れのあたりから視線を感じる。
テレビを観ているときもベッドで横になっているときも、ふと目を向けると押し入れのわずかな隙間から「誰か」が見ているような気がする。
最初は気のせいかと思っていたが、ある晩、Mさんははっきりとそれを見てしまった。
寝る前、何気なく押し入れを見ると、ほんの少しだけ戸が開いていた。
その5センチほどの隙間の奥――闇の中に、光を反射する目があった。
人間の目とも違う、動物の目とも違う。
ただ無表情にじっとこちらを見ていた。
Mさんは悲鳴をあげて灯りを点け、押し入れの戸を一気に開け放った。
だがそこには誰もいなかった。
中にあった荷物もすぐに出し、以後、押し入れはガムテープで封をするようになった。
後日、隣の部屋の住人と立ち話になり、Mさんが「何か変な感じしない?」と話すと、相手は少し困ったように笑ってこう言った。
「あの部屋、前の人もすぐ出てったよ。
夜になると押し入れが気味悪いって。
理由は言わなかったけど…」
三号室。
それはなぜか誰も長く住み続けられない部屋だった。
今もあの押し入れの奥にはあの目がひっそりと、誰かを見ているのかもしれない。