怖い話と怪談の処

ブログ名の最後の文字は(ところ)と読みます。怖い話や不思議な話が大好きな方、是非ご堪能下さい。記事への★ありがとうございます。

山霧

Mさんが体験した話。

 

その温泉旅館は、山深い場所にひっそりと佇んでいた。

古くからあるというその宿は木造のぬくもりが残っており、観光地からも離れているせいか、とても静かだったという。

Mさんは仕事の疲れを癒やすため、一人でその宿に泊まった。

部屋は二階の端にあり、山の景色が一望できる角部屋。

露天風呂にも入り、静かな夜を満喫しながら布団に入ろうとしたときだった。

 

――外が、白く霞んでいた。

 

窓を少し開けて外を見てみると、山霧がゆっくりと這うように流れ込んできた。

しかしそれは外に留まらず、まるで意志を持っているかのように部屋の中へ――

静かな音とともに霧は室内に侵入し始めた。

慌てて窓を閉めたがなぜか霧は止まらない。

まるでどこかに隙間でもあるように、霧はゆっくり確実に室内を満たしていった。

 

気づけば部屋中が真っ白になっていた。

自分の手元すらはっきり見えないほどの霧の中で、Mさんは身動きもとれず、ただ布団に潜り込んだ。

 

――そのときだった。

 

霧の向こうに黒い影が見えた。

布団の端…足元のあたりにそれはじっと立っていた。

輪郭は曖昧で表情も姿も分からない。

ただ立っていた。

じっと。

Mさんは目を閉じ朝が来るのを待った。

 

やがて朝になり、霧は嘘のように晴れていた。

昨夜の出来事が夢だったのかと思いながらふと窓の外、縁側に目をやると――

そこには濡れた木の板の上に、いくつもの足跡が残っていた。

すべて裸足のまま。

外から窓の下へと歩いてきて、止まっている。

その足跡の向こうには山の斜面が広がっていた。

…だが、霧の中に消えていった足跡の先は、どこにも見つからなかったという。