Tさんが中学生だった頃に体験した話。
学校からの帰り道、通学路の途中には小さな公園があり、その一角にガラス張りの電話ボックスがぽつんと建っていた。
当時はまだ携帯を持っている子はほとんどいなくて、電話ボックスもそこそこ使われていた。
でもその電話ボックスだけは、なぜかいつも空気が重かった。
曇ったガラス、誰かの指で書かれたような消えかけた文字、そして中に入ると、ひんやりとした湿気が肌にまとわりつく。
ある日の放課後。
友達と別れた帰り道、Tさんはふとした悪戯心でその電話ボックスに入ってみた。
誰もいないのを確かめてから受話器を取る。
ツー、ツー――の音が鳴るはずだった。
けれど耳に届いたのは違った。
女の子が泣いているような、かすかなすすり声。
電話の向こうから微かに響くその音に、背中がぞくりとした。
驚いて受話器を戻そうとしたそのとき――
「なんで置いて行っちゃったの?」
声は幼く、怨みよりも寂しさがにじんでいた。
Tさんは慌てて受話器を戻し、扉を開けて外へ飛び出した。
その日は走って家まで帰ったという。
それからというもの、Tさんは電話ボックスの前を通るたび、なぜか誰かが中に立っている気配を感じるようになった。
夜にはとくにその感覚が強く、薄暗い街灯の下、ぼんやりとした人影がガラス越しに映ることもあった。
数年後。
Tさんがその道を久しぶりに通ったとき、あの電話ボックスはすでに撤去されていた。
だが不思議なことにその場所の近くを通ると、誰かの視線を感じるのだという。
まるでまだそこに置いて行かれた誰かが、立ち続けているかのように――。