Kさんが大学時代に体験した話。
地方都市の外れにある小さな古アパート。
木造で築年数も経っているが家賃が格安だったため、Kさんは即決でそこを借りることにした。
大学までバスで10数分。町中と違って静かな環境。
部屋も狭いがそれなりに住めそうだった。
入居して数日は忙しさに追われて気にする余裕もなかった。
ただある日の夕方、Kさんはふと気づいた。
天井の隅――押し入れの上あたりに、四角い小さな蓋のようなものがある。
「点検口かな?古い建物だし、天井裏に配線でもあるのだろうか」
けれどやけに低い位置についているのが気になった。
それはKさんの身長でも椅子に乗れば届くくらいの高さだった。
数日後の夜。
なんとなく気になって、Kさんはホームセンターで買ってきた折り畳みの脚立に乗り、点検口を開けてみることにした。
古びた木の蓋をそっと持ち上げ、懐中電灯を持って上を覗く――そのとき。
「ドンッ!!」
背中に何か重いものがぶつかった。
脚立がグラリと揺れ、Kさんは思わず「うわっ」と声を上げて身体を支えた。
その瞬間、耳元で何かが呻くような声で囁いた。
「アイタ…ドケッ…」
低くてかすれているが女のような声だった。
また、怒っているようにも、恨んでいるようにも聞こえた。
Kさんはびっくりして急いで蓋を閉め、脚立から飛び降りるようにして逃げた。
しばらくの間、呆然として天井を見つめていたが、やがて音がするようになった。
最初は「パキ…パキ…」という木材の軋む音がし、次第に「歩いている」音へと変わっていった。
深夜になると「ギィ…ギィ…」と板が沈む音。
それに混じって「カリ…カリ…」という何かが引っ掻くような音が押し入れの上、まさに点検口の辺りから響いてくる。
Kさんはテレビの音量を上げ、イヤホンを耳に入れて布団を被って耐えた。
翌朝、意を決して天井を見た。
点検口の木の蓋のふちに、何かが這ったような黒い跡があった。
指先のようにも見えたが…乾いた土のようなものが付着していたという。
Kさんは管理会社に連絡したが「点検口の中にネズミでもいたのでは」と言われるだけだった。
その後、Kさんはアパートを出た。
ただ、引っ越しの前夜――最後の荷物をまとめているとき、点検口の蓋がゆっくりと開いた。
そしてそこには女の長い髪の毛のようなものが、1本だけ引っかかっていたという。
――あれは何だったのか。
Kさんは今でも点検口の奥を最後まで見なくてよかったと語っている。