この話は、都内で働く会社員のSさんが体験したという出来事。
彼は終電で最寄りの無人駅に降り立ち、自宅まで歩いて帰るのが日課だった。
その帰り道、工場地帯へと伸びる貨物専用線の踏切がある。
住宅街とは少し離れた場所で、日中でもあまり人が通らないようなところだ。
その踏切は深夜になると、1本だけ貨物列車が通過していく。
時刻は毎晩0時37分。
Sさんがそこを通る頃、ちょうど遮断機が下りる。
最初のうちは何とも思っていなかった。
ただ、だんだんと妙な違和感に気づくようになる。
貨物列車が通り過ぎた直後、踏切の向こう側に人影が立っている。
闇に紛れるように、ただじっとこちらを見ている気がする。
最初は「こんな時間に誰かいるなんて」と酔っ払いか何かだろうと思った。
だがそれは毎晩、同じ時刻に同じ場所に現れる。
しかも気のせいか――少しずつ距離が近づいてきている。
ある晩には、線路のすぐ向こう側にまでその人影が来ていた。
街灯の明かりがかすかに顔を照らしていたが、目元だけが真っ黒に見えた。
その夜、Sさんは家まで走って帰った。
日が経つにつれ眠れない夜が続いたが、それでも帰宅ルートは変えられなかった。
あの踏切は他の道よりもかなり近道だったのだ。
ついにある夜、Sさんは決心する。
「確かめよう。このままでは気が狂いそうだ」
深夜0時37分、遮断機が下りる。
夜の貨物列車がゆっくりと、無人の車体を音もなく引きずって通過していく。
そして上がった遮断機の向こうには――人影が立っていた。
Sさんはゆっくりと踏切を渡った。
ジャリ…と足元の砂利が鳴る。
その瞬間、Sさんは何かに引っ張られるように、視界がぐにゃりと歪んだ。
気がつくとそこは見知らぬところだった。
踏切の向こうは線路でも住宅でもなく、古い鉄道施設のような場所だった。
崩れかけたプラットホーム、黒ずんだ柱、そして割れた鏡のようなガラスに自分の姿が映っていた。
いや、違う。
ガラスの向こうにいるそれは、自分ではなかった。
黒い目のそれはSさんの姿を模した何かだった。
その瞬間、全身に電流のような衝撃が走り意識が飛んだ。
…
目を覚ましたSさんは自宅のベッドにいた。
いつ帰ったのか、どうやって帰ったのか、まったく思い出せなかった。
ただ夜が来るのが怖くて仕方なかった。