Yさんは新緑の眩しい季節を選んで、愛車のバイクで気ままな一人旅を続けていた。
予定していたルートを少し外れ、地図にも載っていないような細い山道に入り込んでしまったのは、もう日が傾きかけた頃だった。
焦りと不安を感じ始めたYさんの目に、不意に小さな集落が飛び込んできた。
まるで忘れ去られたような、静かで古びた村だった。
「助かった…」
ほっと胸をなでおろし、村へとバイクを進めたYさんだったが、すぐに異様な光景に気づく。
村の入り口から続く田畑に、無数の案山子が立っているのだ。
それもただの案山子ではない。
まるで本物の人間がそこに立っているかのように精巧で、着ている服も古びてはいるが、ついさっきまで誰かが着ていたかのような生々しさがあった。
その表情はどれも無表情で、夕闇が迫る中、じっとこちらを見つめているように感じられ、Yさんは言いようのない不気味さを覚えた。
村には一軒だけ、古びた宿屋らしき建物があった。
主人のKさんは、Yさんを見ると少し驚いたような顔をしたが、無愛想ながらも部屋を提供してくれた。
食事の際、Yさんは案山子のことについて尋ねてみたが、Kさんは「あれは…昔からの習わしだ」と呟くだけで、それ以上は語ろうとしなかった。
その夜、Yさんはなかなか寝付けなかった。
窓の外の案山子たちが気になって仕方がない。
ふと、月明かりに照らされた田んぼに目をやると、信じられない光景が広がっていた。
昼間見たはずの案山子の一体が、明らかに位置を変えているのだ。
それもほんの少しではない。
まるで自ら歩いたかのように、数メートルも動いている。
「気のせいか…?いや、そんなはずは…」
翌朝、Yさんは一刻も早くこの村を立ち去ろうと決めた。
しかし、村を出ようとすると、村長らしきMさんと数人の村人たちに囲まれた。
Mさんは、「この村には、よそ者が簡単に出て行ってはならん決まりがある」と低い声で言った。
そして、「もう少し、村の祭りを見ていってはどうかな」と、有無を言わせぬ口調で引き留めようとする。
その日の午後、Yさんは村の中でSと名乗る若い女性に出会った。
Sさんは他の村人とは違い、Yさんに親しげに話しかけてきた。
しかし、村の案山子の話になると途端に顔を曇らせ、「あの案山子には、関わらない方がいいです…夜は特に」と意味深な忠告をする。
YさんはSさんの様子から、この村が何か重大な秘密を抱えていることを確信する。
Yさんは村からの脱出を試みつつ、夜中にこっそりと案山子の近くを調べてみることにした。
するとある案山子の足元に、真新しい土が盛られているのを見つける。
そしてその案山子の顔が、どこか宿屋の主人Kさんに似ていることに気づき、背筋が凍る思いがした。
さらに別の案山子に近づくと、それは昨日村で見かけたような気がする。
しかし今は姿が見えない行商人風の男の顔立ちをしていた。
恐怖に駆られたYさんは、Sさんに助けを求めた。
「あの案山子は…一体何なんですか!?」
問い詰められたSさんは、震える声で村の恐ろしい秘密を語り始めた。
この村では古来より、豊作と村の平穏を願うために、「生き神様」として村に迷い込んだ人間を案山子として捧げるという異常な風習が続けられていたのだという。
案山子にされた人間は、その魂が村を守護すると信じられており、夜中に案山子が動くのは、魂が村を見回っている証だと村人たちは考えていた。
そして、次の「生き神様」の候補として、Yさんが選ばれてしまったのだと。
「逃げてください…今夜、満月です。
今夜、あなたが…」
Sさんは涙ながらに訴えた。
YさんはSさんの手引きで、村はずれの獣道から命からがら逃げ出した。
背後からは、松明を持った村人たちの怒号と、まるで地を這うような低い、何かのうめき声のようなものが聞こえてきた。
それは風の音だったのか、それとも…。
Yさんは二度とあの村に近づくことはなかった。
しかし、時折夢に見る。
月明かりの下、無数の案山子たちがゆっくりと、しかし確実にこちらへ近づいてくる夢を。
そしてその先頭には、自分と瓜二つの顔をした新しい案山子が立っていたのだ。