Kさんが大学時代に体験した話。
夏の終わり、Kさんは友人4人と一緒に、人けの少ない山奥のキャンプ場を訪れた。
標高は高く、夜になると一気に気温が下がる場所だったが、年に一度の恒例行事となっていた。
その晩も焚き火を囲んで他愛もない話をしていたが、日付が変わる頃、疲れた一同はテントに入って眠りについた。
Kさんが目を覚ましたのは、午前2時を少し回った頃だった。
耳に届いたのはかすかな声。
「…おいで…」
女とも男ともつかぬ、囁くような声。
テントのすぐ外から聞こえる。
最初は夢の続きかと思った。
だが何度目かにその声が繰り返された時、完全に目が覚めてしまった。
「おいで…こっち…」
誰かのいたずらかと思い、懐中電灯を手に外に出ると、風もないのに木々がさわさわと揺れていた。
声の方向に足を向ける。
焚き火の残り火はほとんど消えかけており、辺りは深い闇に沈んでいた。
「誰だよ…?」
そう小さく呟いたが、返事はない。
ただ、また「おいで」という声が、少し離れた林の奥から聞こえてきた。
Kさんは薄暗い林道を歩きはじめた。
だが、10分ほど歩いてふと立ち止まる。
なぜなら…目の前にさっき出てきたテントが見えていた。
戻った?そう思ったが違和感に気づく。
テントはあるのに友人たちの気配がない。
ランタンも消えており、焚き火の跡すらなかった。
テントの中を覗いても誰もいない。
寝袋すらなかった。
「おかしい…」
背筋に冷たいものが走る。
慌ててスマホを取り出すと圏外。
時間は午前3時3分。
その時
「おいで…おいでぇ…」
背後から声がした。
思わず振り返ると、林の奥に白い影のようなものが見えた。
人?女のようにも見える…けれど顔が妙に黒く沈んでいた。
Kさんは恐怖で体が固まったが、次の瞬間、影がするりと木々の間に消えた。
その後、Kさんは何度歩いても何度方向を変えても、必ずその場所に戻ってきてしまう。
気がつけば、空が白み始めていた。
疲れ果てて座り込んだそのとき、目の前に友人のAさんが現れた。
「あれ?…K、いつのまに外に出たんだ?」
Kさんが状況を説明すると、Aさんはぽかんとした顔でこう言った。
「なに言ってんだ。
お前ずっとテントで寝てたじゃん」
そう言って撮られた写真には、他の友人たちと眠るKさんの姿が確かに写っていた。
けれどKさんは確かに夜、テントの外を歩き誰かの声を聞いた。
あのおいでという声は、今でもたまに耳元に聞こえる気がするという。