これは大学時代に肝試しに行ったという、Tさんから聞いた話。
Tさんたちは友人6人のグループで、とある山奥の古民家を訪れた。
すでに人が住まなくなって久しく、屋根の一部も抜けかけていたが、知り合いの親戚の持ち物で取り壊しが決まっていたため、一晩だけならと泊まる許可をもらったのだという。
古民家には全部で五つの部屋があった。
そのうちの一つ、一番奥の部屋だけが他と明らかに違っていた。
畳が真っ赤だった。
ワインでもこぼしたような、けれどもっと暗くて鈍く光るような色。
畳の縁も染まっており、どこを触ってもその色は抜けなかった。
まるで、長い年月をかけて染みついた何かの跡のように見えた。
同行していたTさんの友人の一人、Kさんは興味を持ってその部屋の前に立った。
「ここ何かあるんじゃない?」
しかし、そのとき一緒にいた地元の案内役の女性が、低い声で言った。
「そこは入っちゃいけないよ。特に夜には絶対に近寄らないで」
理由を聞いても彼女は首を振るだけだった。
それでもグループの中でやんちゃ気味だったNさんは、夜中になって皆が寝静まった頃、ふらっとその部屋に向かってしまった。
ドアを開ける音に気づいたTさんが目を覚まし、起き上がったときにはすでにNさんの姿はなかった。
「おい、やめとけって!」
廊下を行くと赤い畳の部屋の戸が少し開いていた。
しかし中を覗くとNさんの姿はなかった。
部屋はしんと静まり返っていた。
畳の真ん中にはNさんの寝袋だけが、ぽつんと置かれていた。
彼を呼ぶ声は、夜の闇に吸い込まれるように消えていった。
翌朝みんなで探し回ったが、Nさんの姿はどこにもなかった。
その赤い畳の部屋には、あの寝袋だけが前日と同じ位置で残っていた。
警察も呼び地元の人たちにも話を聞いたが、誰もがあの部屋には触れようとしなかった。
「何十年も前に、あの部屋で何かがあって、それからずっとそうなってるらしい」
と、誰かがぽつりとつぶやいた。
その後、Nさんは見つからなかった。
取り壊しが予定されていた古民家は、事情により解体が先送りされ、今でもそのまま山の中に残っているという。
赤い畳の部屋もきっとそのままだ。
Tさんは最後にこう語っていた。
「きっとNは今でもあそこにいるんじゃないかな。
時々さ、夢の中であの赤い畳の部屋を見るんだよ。
俺の寝袋の隣に誰かが立ってるのを…」