この話は趣味で登山を続けているYさん(30代・男性)が、昨年の秋に体験した話。
その日、YさんはN県にある標高1,◯00mほどの山に登っていた。
天気は快晴。
平日ということもあり、登山道に人の姿はほとんどなかった。
ゆるやかな尾根道に出た頃には昼も近く、山の上から見下ろす紅葉の景色に、彼は何枚かスマホで写真を撮っていたという。
尾根沿いの道は左右に低木が続いていて、見通しは良かった。
ところがふと気配を感じて、Yさんはスマホ越しに右側の斜面を見た。
10メートルほど離れた場所に人が立っていた。
赤いジャケット、黒のザック、灰色のキャップ。
それはどう見ても自分と同じ服装だった。
しかもその人物は、こちらを向いてピクリとも動かない。
まるで写真の中にいるような静けさだった。
「?」
瞬きしてもう一度見ると、そこには誰もいなかった。
だがYさんは「見間違い」では済まされない何かを感じていたという。
その後無事に下山し、自宅で撮った写真を確認していると、1枚だけ異様なものがあった。
尾根道の写真だ。
紅葉の向こう、斜面の木の間に確かにもう一人のYさんが立っている。
その顔は笑っているようにも見えるし、怒っているようにも見える。
だが、なによりも気味が悪かったのはその視線だった。
カメラ目線でこちらを真っ直ぐ睨んでいる。
「こんな場所撮った覚えがない」
そう言って写真を削除しようとした時、スマホの画面がブラックアウトした。
電源を入れ直すと写真は消えていた。
しかしそれ以来、Yさんは山へ行くたびにどこかで見られている気がすると言う。
それは木々の隙間かもしれないし、岩陰のあたりかもしれない。
気配だけで姿は見えない。
ただ一度だけ尾根道で休んでいたとき、風が木々を揺らした瞬間、視界の端にあの赤いジャケットの背中が、こちらに背を向けて立っていたのを見たそうだ。
「あれは俺の前を歩いていたんじゃない。
…道の先でずっと待っていたんだと思う」
そう言ってYさんは今年から低山しか登らなくなった。
尾根に立つと何かがまた並んでしまう気がするんだそうだ。