ネットで知り合ったMさんから聞いた話。
それは友人たちと出かけた、山間のキャンプ場で起こったという。
その場所は県境近くの標高の高いエリアにあり、近年できたばかりの簡易キャンプ場だった。
トイレは仮設の青い簡易型。
だが最低限の設備はあり、敷地の端には太陽光で加熱する簡易シャワー設備が一基だけ設置されていた。
湯量は限られるが、夏場ならなんとか汗は流せるということで、友人たちはそこに二泊三日の予定で滞在することにした。
初日の夜。
焚き火を囲んで談笑していたMさんは、酒が入ったこともあり、ひとり仮設トイレに向かった。
辺りは真っ暗で、トイレの青いボックスが木々の影に溶けかけている。
懐中電灯で足元を照らしながら扉を開け、中に入って鍵をかける。
虫の鳴き声と木のざわめき。
そんな中で用を足していると
「トン…トン…」
誰かが扉を叩いた。軽く指の関節で叩いたような音。
Mさんは「入ってます」と返事したが、外からは何も返ってこない。
不思議に思いながらドアを開けたが、周囲には誰もいなかった。
翌晩。
別の友人Nさんが同じ体験をした。
夜中同じようにトイレを使っていると「トン…トン…」と扉が鳴ったという。
返事をしてしばらくしてから外に出てみたが、やはり誰もいなかった。
「誰かのいたずらかもな」
「獣がぶつかっただけだろ」
そんな話をしながらも、どこか腑に落ちない違和感が残った。
そして三日目の夜。
シャワーでさっと汗を流したMさんが再び仮設トイレへ入ったとき、それは起きた。
ドアを閉め、鍵をかけ、懐中電灯をかけて腰をおろす━━その瞬間。
「トン…トン…」
また音がした。
だが今回は響き方が違った。
音が外からではなく、中から鳴っているように聞こえた。
Mさんは息を止め、周りを見渡す。
周りはプラスチックの壁。
けれど一部がわずかに膨らんでいるように見えた。
「トン…トン…」
もう一度壁の向こうから叩かれた。
Mさんは飛び出すようにして扉を開け、暗い地面を転びそうになりながら焚き火まで駆け戻った。
そして後日談がひとつ。
キャンプから戻ったMさんのスマホには、身に覚えのない動画がひとつ保存されていた。
撮った記憶のないその動画は、仮設トイレの中から壁を映し続ける、静止したような映像だった。
30秒間、誰も映っていない。
ただ5秒目に
「トン…トン…」
あの音だけが確かに入っていた。