林業の現場で長年働いていた、Sさんが体験したという話。
ある年の晩秋、Sさんは奥山の斜面で、数人の作業員と一緒に間伐作業をしていた。
山道はぬかるみ、霧も立ち込めていたが、無線機を頼りに連携しながら作業は進んでいた。
その日、Sさんの腰にぶら下げていた無線機が、突然「ジジ…ガッ…コッチニ…」と、ノイズ混じりの音を拾った。
女性の声のようにも聞こえたが、誰の声か判然としない。
「今、誰か呼んだか?」
他の作業員に確認するも、皆が首を横に振った。
試しにチャンネルを回してみたが、それらしい通信はどこにも入ってこない。
だがその直後
「…わからない…ここがどこか…誰か…返事して」
という、はっきりとした女の声が無線から流れ始めた。
しかもそれはSさんの呼びかけにも反応せず、一方的に言葉をつぶやき続けていた。
声はどこかうわずり、会話になっていない。
日本語ではあるのだが意味が通らない。
一文ごとに息が詰まるような間が入り、唐突に別の話をし始める。
だが、なによりも異様だったのは、電源を切っても声が鳴り止まなかったことだった。
「…霧が濃い…前が見えない…誰か…」
Sさんは、恐怖から無線機を地面に叩きつけた。
ガシャ、と壊れたような音がして、ようやく声は止んだ。
だが安心する暇もなかった。
山道に停めていた作業用トラックの方から、再びあの声が聞こえてきたのだ。
慌ててトラックの無線機を見ると、電源が入っていない。
しかも配線を抜いてもなお、スピーカーからは声が漏れていた。
その時ふと気づいた。
周囲の山肌に誰かの影が立っていた。
霧の中、動かずにただじっとこちらを見ているように。
「おい!そっち誰かいるか!?」
叫ぶと同時に影はスッと消えた。
恐ろしくなったSさんたちは、その日の作業を切り上げ急ぎ山を下りた。
だが戻る途中、結構歳の人がこんな事を言った。
「そういや数年前にもな、あの斜面の辺りで女の声が聞こえるって騒ぎがあったんだよ。
誰も電波出してないのにさ。
昔遭難事故があった場所なんだわ」
その話を聞いた時、Sさんはぞっとしたという。