写真が趣味のYさんは、ある週末、仲間とのキャンプのついでに一人でカメラを持って近くの沢に向かった。
地元ではあまり知られていない、観光案内にも載っていない場所だったが、前夜に話を聞いた年配の管理人が「水の流れが綺麗」と言っていたのを思い出したのだ。
小道をしばらく進むと、ぬかるんだ地面の先に水音が聞こえてきた。
木々の間から差す陽が、白く泡立つ沢の流れを照らしていて、風に揺れる葉の影が水面に揺れている。
だが、道の途中に細く張られたロープがあった。
「立入禁止」の札が風に揺れている。
木の枝に括りつけられたそのロープは、朽ちかけていて手作りのような感じだった。
━━少しだけなら。
Yさんはそう思い、ロープをまたいで進んだ。
そこから先は明らかに空気が違った。
音が妙にこもり、風の流れさえ鈍く感じる。
苔むした岩を越え、ぬかるみを避けながら奥へと進むと、開けた場所に出た。
中央に大きな岩があり、凄い岩だな…と眺めていると、その上に白い着物を着た子供が一人、じっと座っていた。
髪は長く、背を向けている。
不思議と怖さはなかった。
むしろその静けさに惹きつけられるように、Yさんはカメラを構えた。
シャッターを切ろうとピントを合わせる。
ファインダー越しに子供が振り向いた━━が、顔がぼやけている。
いや違う。
ぼやけているのではなかった。顔がずれている。
左にも、右にも、上下にも、輪郭のようなものが幾重にも広がっていき━━
次の瞬間、子供の顔が無数に分裂した。
バラバラになったそれらが、カメラの中で蠢きながらこちらを見ている。
ゾクリと全身が粟立ち、Yさんはカメラを放りそうになりながら後ずさった。
慌ててその場から走り出す。
来た道を戻るつもりだった。だがロープがない。
振り返っても周りを見ても、木々はどこまでも鬱蒼と茂り、足元は湿った地面が続いている。
空の色さえ濁って見え、音という音が消え失せていた。
「うそだろ…帰り道、どこだよ…」
しばらくさまよい、枝に引っかかりながらも、ようやく舗装された道に出たときには、陽は傾きかけていた。
キャンプ場に戻ったYさんは、仲間に何も言わず、テントの中でカメラの再生画面を確認した。
撮った記憶のない、白い写真が20枚。
どれも完全な白だった。
光の滲みもノイズもなく、まるで何も存在していないかのように。
翌朝、宿の管理人に沢の話をすると、表情を一変させてこう言った。
「ああ、あそこですか。もう入らない方がいいんですよ。
…二年前、地元の子供が一人あの奥で見つかってね。
白い服を着て座ってたけど、呼びかけても動かなくて…結局、目が合った瞬間に姿が消えたって」
カメラはその後も正常に動いており、気味が悪いので白い写真は消した。
どこか遠くで、顔のない誰かがこちらを覗いている気がして。