深夜2時をまわった頃の事。
配送ドライバーのMさんは、翌朝の納品に備え、山間部を抜けるルートを走っていた。
峠道は街灯もほとんどなく、外はまるで墨を流したような闇。
けれど仕事に慣れたMさんは、ラジオを流しながら淡々と走っていた。
そのとき、カーナビの画面が検索をし始め、目的地への新たなルートを示した。
それは今いる道から外れ、山側に入る細い林道だった。
「近道か?」
そう呟いたMさんは、ためらいなくハンドルを切った。
舗装はされているが、苔むしたような狭い道で、左右から木の枝が車体を叩き始める。
ワイパーを動かすと、わずかに霧雨のような水滴がフロントガラスににじんだ。
しばらく進むと道路の右端、白線のすぐそばに何かがいた。
車のヘッドライトに浮かび上がったのは、白い服を着た女の姿だった。
長い髪が濡れて顔に張りつき、腕はまるで力の抜けた糸のようにだらりと下がっている。
立ち方も妙だった。足の角度がおかしい。
Mさんは思わずハンドルを左に切って女を避けた。
「びっくりした…なんであんなとこに…」
通り過ぎたと思った直後。
「バンッ!」
びっくりして車を停める。
車内に衝撃はなかったが、サイドミラーの中に、トラックに手を叩きつけるあの女の姿が映っていた。
虚ろな顔、ひしゃげたような腕。
しばらく固まっていると女がスっと消えた。
Mさんはアクセルを踏み込み、その場を逃げるように走り去った。
やがて道は急に広くなり、元の県道に合流した。
カーナビのルートも何事もなかったように正常に戻っていた。
次の休憩地点のコンビニで、Mさんはようやく車を降りた。
外装を点検するもトラックには汚れひとつついていない。
手形も傷も何もなかった為、気にしないようにした。
数日後。
納品先の休憩室で時間を潰していたとき、山間部の古い観光雑誌が棚に置かれていた。
ふと手に取って何気なくページをめくると、山道のコラムにこう書かれていた。
《○○峠付近では過去に女性の投身事故があり、現在も深夜に霧雨が降ると白い服の女の霊が目撃されるという。
特に林道に逸れた者は車に取り憑かれたとの話もある…》
Mさんは黙って雑誌を閉じた。