Sさんは郊外にある、ショッピングモール内の衣料品店で働いていた。
大型チェーンではあるがその店は少し古く、どこか薄暗さを感じさせる作りだった。
その日も閉店作業は滞りなく進んでいた。
最後の客を見送り、シャッターを半分降ろし、店内の棚や床を整え始めていた頃だった。
Sさんはある違和感に気づいた。
一番奥にある試着室のカーテンが閉まっている。
閉店作業では、全ての試着室のカーテンを開けておく決まりだった。
さっき見回った時には、確かに開いていたはずだ。
「お客さんがまだ残ってたのかな?」
不審に思いながらも声をかける。
「すみません、もう閉店ですので…」
返事はない。
少し身構えながらカーテンを引いたが、誰もいなかった。
ただ、床には水滴がいくつも落ちていて、試着室の隅から店内通路へ濡れた足跡が続いている。
足跡は人間のもので小さめなのだが、何故か素足。
そして水に濡れている。
けれど今日は雨も降っていないし、外は乾いている。
水場も近くにない。
Sさんはぞっとして足跡を目で追った。
それは通路をまっすぐ進み、店の出入り口へと続いていた。
急いでバックヤードに戻り、防犯カメラの映像を確認する。
すると…閉店から5分ほど経ったタイミングで、試着室のカーテンが誰もいないのに開き、また閉まった。
その後カメラに映ったのは、誰もいない通路に、ぬめっと光る濡れた足跡が一歩ずつ浮かび上がっていく様子だった。
まるで見えない何かが歩いているかのように。
その足跡は出口まで進み、シャッターの前で突然止まり…映像が一瞬乱れた。
それから映像には足跡を追っているSさんが映っていた。
そこで終わりかと思ったところ、突然画面に、レンズにぴったりと顔を押しつけたような、ぐしゃっと歪んだ女の顔が一瞬だけ映った。
「うわっ!」
Sさんは思わず声を上げて椅子から転げ落ちそうになった。
その顔は水に濡れたように髪が張りついていて、唇が紫色に変色していた。
翌朝上司に報告し、一緒に映像を確認したのだが、映像が乱れたところで何故か画面がずっと暗転していた。
カメラの故障かもしれないという事で、業者に頼んで交換してもらう事になった。
だが次の日、朝一番に出勤すると、必ず一番奥の試着室のカーテンが閉まっている。
そして床にはうっすらと水の跡と、濡れた素足の跡が付いている。
そんな事が毎朝続いた。
試しにカメラをもう一度確認しても、その時間帯の映像だけがノイズが発生している。
また、これはSさんが別のスタッフさんに聞いたという話なのだが、その人が帰宅する時、エレベーターの鏡越しに見覚えのない女の後ろ姿を見たという。
やがて誰も一番奥の試着室に近づかなくなった。
そしてSさんが異動になる日。
最後に荷物を取りに店舗へ寄ったとき、試着室のカーテンが誰もいないのにまた開いていた。
だがその時、Sさんは見てしまった。
カーテンの内側の鏡に、濡れた服の女がじっとSさんを見つめているのを。
その姿は鏡にしか映っていなかった。
Sさんは二度とそのショッピングモールには近づいていない。