一人暮らしをしているKさんから聞いた話。
Kさんは古いアパートの二階に住んでいた。
壁は薄く、隣の部屋の物音も時々聞こえてくるような造りだった。
しかしKさんの隣の部屋は長いこと空室で、半年経っても誰も住んでいる気配はなかった。
ある夜、Kさんは自室で読書をしていた。
時間は深夜を回っていた。
突然隣の部屋から「カタカタ」という奇妙な物音が聞こえてきた。
まるで何かを揺らしているような、小さな音だった。
Kさんは最初は風の音か、あるいは上の階の住人の音かと思った。
だが、その音は明らかに隣の部屋から聞こえている。
数分後、今度は「ギィィ…」と、ゆっくりと引き戸が開くような音がした。
Kさんは思わず本を閉じて息を潜めた。
まさか泥棒だろうか?しかし人の気配は全くしない。
ただ不気味な物音だけが響いている。
その日は疲れていたこともあり、Kさんは気のせいだと自分に言い聞かせ、そのまま眠りについた。
だが、その音はそれっきりではなかった。
翌日からも昨日と同じ時間に、同じような音が聞こえる。
「カタカタ」という揺れる音、そして「ギィィ…」と引き戸が開く音。
最初は泥棒かと疑っていたKさんだが、生活音が全くしないことに気づいた。
足音もなければ、話し声もテレビの音もない。
ただ、機械的に繰り返される物音だけがそこにはあった。
それはまるで誰かがそこにいるかのように、でもそこに誰かの生活があるようには感じられない、ひどくちぐはぐな音だった。
ある夜、Kさんはついに我慢の限界に達した。
どうにも納得がいかず、この音の正体を確かめたいという気持ちが募っていった。
Kさんは隣の部屋との境にある薄い壁に、ゆっくりと耳を当てた。
壁に耳を押し当てると、それまで以上に音が鮮明に聞こえてきた。
「カタカタ」、「ギィィ…」。
そしてその音に混じって耳に届いたのは、はっきりとは聞き取れないけれど、まるで誰かが笑っているような、そんな不気味な声だった。
それは子供の声のようにも、老人の声のようにも聞こえる。
曖昧で、しかし確実にそこに存在する声だった。
ぞっとするような冷たいものが背筋を駆け上がった。
Kさんは、恐怖に駆られてすぐに壁から離れた。
その夜からKさんは隣の部屋の音が聞こえるたびに、誰かが壁の向こうで自分を見ているような気がして、全く眠れなくなった。
天井を見上げれば、まるで隣の部屋の気配がそこにあるかのように感じられ、目を閉じても耳の奥であの「カタカタ」という音と、不気味な笑い声がこだまする。
日が昇っても、隣の部屋の異様な気配は消えることはない。
Kさんの精神は徐々に疲弊していった。
引っ越しも考えたが、もし引っ越した先にもあの音がついてきたらどうしよう、という不安が付きまとう。
だが、耐えられなくなったKさんは、結局引っ越したそうだ。
幸いなことにその音は付いてこなかった、と安堵していた。