社会人になったばかりのYさんから聞いた話。
Yさんは念願の一人暮らしを始めるため、都心から少し離れた場所に建つ中古の一軒家を借りた。
広さの割に家賃が手頃で、古いながらも趣のある造りがYさんは気に入っていた。
引っ越してきて数週間、新しい生活にも慣れてきた頃、Yさんは妙なことに気づき始めた。
ある朝、Yさんが目を覚ますと、リビングの方から明るい光が漏れている。
昨夜は確かに消したはずのキッチンの電気が、煌々とついているのだ。
Yさんは「ああ、また消し忘れたのか」と独り言をこぼしながら電気を消した。
その数日後には洗面所の蛇口がチョロチョロと、少しだけ開いていることに気づいた。
「最近、ぼーっとしてるのかな」と、自分の不注意だと思い込んでいた。
しかし、その頻度は徐々に増えていった。
電気の消し忘れ、蛇口の閉め忘れ。
それに加えて、閉めたはずの窓が少し開いていたり、置いたはずのない場所に物が移動していたりすることまで起こるようになった。
Yさんは、さすがに「これはおかしい」と感じ始めていた。
ある日の夜、Yさんがシャワーを浴びていると、ふと、脱衣所のドアが「ギィィ…」とゆっくりと開く音がした。
ビクっとするYさん。
間違いなくドアが開く音だ。
恐る恐る風呂場のドアを開けて確認するが、脱衣所には誰もいなく、開いたドアの向こうに廊下が続いているだけだった。
Yさんは慌ててシャワーを止め、震える手でドアを閉めた。
シャワーを終えて脱衣所を出ると、リビングからぼんやりと光が漏れているのが見えた。
嫌な予感がしてリビングを覗くと、テレビがついていた。
音は聞こえないけれど、真っ暗の画面だけが映っている。
Yさんはゾッとした。
テレビを付けたままにした覚えは全くない。
この瞬間、Yさんは確信した。
もしかしたら、この家には自分以外の「何か」が一緒に住んでいるのかもしれない。
それ以来Yさんは、家の中で一人でいることに強い不安を感じるようになった。
特に夜はその存在を強く意識させられた。
部屋の隅や廊下の奥、あるいは寝室のドアの隙間から、常に誰かの視線を感じるようになった。
眠りにつこうと目を閉じても、気になってなかなか寝付けない。
布団の中にいても、首筋にひやりとした空気が触れるような感覚がして、思わず身震いしてしまう。
それはまるで誰かがすぐそばにいて、Yさんの寝息を聞いているかのような、そんな不気味な気配だった。
ある晩、Yさんは恐怖に耐えかねて、布団を頭から被った。
しかしそれでも視線は感じる。
そして布団のすぐ外側から、微かに何かを擦るような音が聞こえ始めた。
それは服が擦れるような、あるいは爪がシーツを引っ掻くような、なんとも表現しがたい音だった。
聞こえるような聞こえないような、曖昧で不明瞭な音だが、確実にYさんの耳元で響いている。
Yさんは身動き一つ取れずに、ひたすら朝が来るのを待つしかなかった。
Yさんは、この家から逃げ出したいと思い始めた。
しかし、もしこの「何か」がこの家ではなく、Yさん自身についてきているのだとしたら?そう考えると身動きが取れなくなった。
今日もYさんは誰もいないはずの家で、見えない同居人の気配に怯えながら、夜を過ごしているという。