Tさんは、郊外にある食品倉庫で働いている。
冷凍食品や生鮮品を保管する冷蔵室で、配送前の仕分け作業を毎日こなすのが日課だった。
冷蔵室は大型で、一定の低温を保つため出入口には厚いドアが設けられている。
その日は夕方近く、いつも通り一人で作業に入った。
薄暗い庫内でコンテナを並べていると、不意に視界の端に人影が映った。
同じ作業服を着た背中が、冷蔵室の奥に見えた。
「お疲れさまです」とTさんは声をかけた。
だが返事がない。
背中は動かず微動だにしない。
誰なのか確かめようと手を止めて正面を向くと、そこには誰もいなかった。
照明の下には、凍った床と静かな冷気だけが広がっていた。
作業を終えて事務所に戻ったTさんは、冷蔵室に誰かいたようだと話した。
しかし応対した社員は、「今日はTさんしか入ってないですよ」と即答した。
「でも確かに誰かいたんです。背中だけ見えました」
そう言っても出入口の開閉ログには、Tさんの入室しか記録されていないという。
モヤモヤとした違和感を抱えたまま、翌日を迎えた。
その日の午後、別件で防犯センサーの記録を確認する必要があり、技術担当者がログを見ていた。
ふとした表情の変化に気づいたTさんが声をかけると、担当者が戸惑いながら画面を指差した。
「これ…昨日の夜中なんですけど、冷蔵室のドア、誰もいないはずなのに開閉されてるんです。
開いたのが23時12分で、閉じたのが23時13分。
でもこの時間帯、全員退勤してますよね」
「監視カメラ、ついてませんでしたっけ?」
「ついてるんですが…そこだけ真っ黒になってて映像が残ってないんです」
気味の悪い沈黙が流れた。
その夜、Tさんは一人で事務所に残り、記録の確認作業をしていた。
すると冷蔵室の方から「ギィィ…」という低い音が聞こえた。
耳を澄ますと、まるで誰かがドアをゆっくり押して開けるような音。
慌てて確認に行こうと立ち上がったとき、廊下の先にある冷蔵室の窓から誰かの背中が見えた。
すうっと、右へ向かって滑るように動いていく。
よく見るとその背中、肩があり得ないほど高い位置にある。
頭の形も不自然でまるで首がないように見えた。
次の瞬間、視界が一瞬揺れたような気がして、窓の向こうは誰もいないただの暗がりに戻っていた。
それ以来、冷蔵室では定期的にドアの開閉ログが記録されるようになった。
ただのセンサー異常として処理されてはいるが、誰もその時間帯に中へ入ろうとはしなくなった。
Tさんももう、その背中を確認しようとは思わない。
なぜなら一度視線を合わせた者がいるという。
その人は今倉庫にはいない。
異動ということになっているが、同僚たちの間ではもう名前を出す者はいない。
あの冷たく湿った空間に背中を向けて佇むそれは、今も確かに存在しているそうだ。