Sさんが終電間際の地下鉄を使った時の話。
その晩、Sさんは仕事帰りに地下鉄に乗り込んだ。
乗客は他におらず、車内はがらんとしていた。
発車してしばらくはスマホを眺めていたが、トンネルのカーブにさしかかった時、ふと目の前にある運転席上部の防犯ミラーに目が向いた。
鏡には自分の姿が映っていた…と思ったのも束の間、その背後に誰かが立っているように見えた。
一瞬息が止まる。
後ろに人の気配などなかったはずだ。
まさか誰か乗ってきていた?それとも見落としていた?
おそるおそる振り返ったが、座席も通路も空っぽのままだった。
照明に照らされた車内には誰もいない。
だがミラーにはいた。
見間違いだと思おうとしたが、立っていたのは背の高い何か。
人の輪郭に似ているのに異様に細長く、首の角度が不自然だった。
冷や汗をかきながらも、Sさんは何もなかったように前を向き、目的の駅で降りる準備をした。
電車がホームに滑り込むとドアが開く。
そのとき、運転席から降りてきた運転士が彼の顔を見て、まるで地面に縛りつけられたかのように動かなくなった。
「あれ?今後ろにいた人…どこへ行ったか分かりますか?」
運転士の顔は蒼白で唇が震えていた。
Sさんは凍りついたまま振り返ったが誰もいない。
だがホームの床に、濡れたような黒っぽい足跡が、Sさんの背後から続いていた。
その足跡は裸足のように見え、奇妙な形状をしており、電車の中央まで進んだところでぷつりと消えていた。
Sさんは足跡をたどるように視線を動かし、最後に足跡が消えた場所のちょうど天井を見上げた。
そこには人影のようなものが、揺らめいているように見えた。
それはすぐに掻き消えたが、Sさんの背筋を凍らせるには十分だった。
運転士は小さく何かを呟いている。
聞き取れないほど小さく、不明瞭な声だった。
これはまずいと思ったSさんは、運転士さんの腕を掴んで引っ張りながら電車を出た。
その後、その駅の他の駅員を呼びに行き、しばらく落ち着くまで事務所で過ごしたそうだ。