これはUさんという人から聞いた話で、学生の頃の噂話らしい。
その中学校には昔から妙な噂があった。
放送室の奥、機材ラックの裏に、古い姿見の鏡が打ちつけられているというものだった。
誰が何のためにそこへ鏡を設置したのか分からない。
管理記録にも残っておらず、長く教師を務めている用務員ですら、「そんなもん、あったか?」と首をかしげる始末だった。
けれど毎年必ず、夏休み前後になると放送室の扉の内側に貼られたマグネット板には、白い粉でくっきりと手形がついていることがあった。
それも一つや二つではない。
大人と子どもの手が混ざったような、大小様々な手形が、びっしりと鏡の表面に現れていた。
ある年、放送委員の2年生だったKさんが、こんなことを言い出した。
「放送室の中で、夜中に本番みたいにアナウンスの練習したら、うまくなると思うんだよね。
深夜のテンションで喋る感じって、なんか怖くてかっこいいし」
放送委員の顧問は当然、そんな時間の練習を許すはずがなかった。
でもKさんは裏口の鍵の隠し場所を知っていて、ある晩、ひとりで校舎に入り込んだ。
その翌朝。
放送室の鍵は閉まっていたが、誰もKさんの姿を見ていない。
呼び出しても出てこない。家にも帰っていなかった。
警察も来て大騒ぎになったが、放送室からは何も出てこなかった。
ただ、鏡にはまるで内側から押しつけたような、真新しい手形がいくつも残されていた。
そして、鏡を覗き込んだ先生がふとつぶやいた。
「これ、Kじゃないか?」
鏡の中に、制服姿の男子生徒が写っていたのだ。
それも鏡の向こう側、反射ではない奥の空間に、まるで誰かがそのまま立っているように。
目だけがこっちをじっと見つめていた。
それ以来、誰もが怖がり、放送室の奥には近づかなくなった。
けれど数年おきに、また別の放送委員が「夜中に練習しようかな」と言い出すことがある。
まるで呼ばれているかのように。
それは決まって、梅雨明けのじめっとした時期におこるそうだ。