Oさんが中学生の頃に体験したという話。
季節は夏。
学校から少し離れた場所にあった、木材でできた古びた旧校舎。
そこは一時期有名だった、都市伝説が囁かれる場所だった。
一番有名なのは「夜中に人体模型が動き出す」という話だった。
当時のOさんは、そういうオカルトめいた話に夢中だった。
クラスで都市伝説が流行り始めると、友達のYさんやKさんと一緒に、休日になると学校の周りをうろつき、旧校舎の窓から中を覗き込んだり、怪しい音に耳を澄ませたりしていた。
だが所詮は噂。
何度見に行っても人体模型が動くことなどなかったし、何か奇妙な現象が起こることもなかった。
「やっぱり噂は噂か」
そう諦めかけていたある日のこと。
夏休みを翌日に控えた終業式の日の午後、Oさんたちは、どうしてもこの目で都市伝説の真偽を確かめたくなった。
そこで、彼らはひそかに旧校舎の窓に細い釣り糸を引っ掛け、窓の鍵(クレセント錠)に結びつけて外に出しておいたのだ。
計画はこうだ。
夜遅くに学校に忍び込み、釣り糸を引っ張って窓を開け、旧校舎に侵入する。
そして夜の人体模型の動きを確かめる、というものだった。
その夜、日付が変わる頃。
OさんはYさんとKさんと三人で、懐中電灯を片手に夜の旧校舎へと向かった。
旧校舎に近づくにつれて、心臓の音がうるさいくらいに響く。
「なぁ、本当にやるのか?」
Kさんが震える声で尋ねた。
Yさんも黙って頷いている。
Oさんも内心は不安でいっぱいだったが、ここまで来たら引き下がれない。
「大丈夫だよ。どうせ何も起こらないさ」
そう言い聞かせ、Oさんは窓に引っ掛けておいた釣り糸を慎重に引っ張った。
カチャリ、という小さな音と共に、窓の鍵が外れる音がした。
開いたっ!とびっくりしながら喜ぶ三人。
ゆっくりと窓を開ける。
ひんやりとした埃っぽい空気が、外へと漏れ出した。
三人で狭い窓枠をくぐり抜け、旧校舎の薄暗い廊下へと足を踏み入れた。
中は昼間の蒸し暑さとは打って変わり、ひんやりと冷たい空気が漂っていた。
懐中電灯の光が廊下の奥へと伸びていく。
昼間は何も感じなかった場所も、夜の闇の中ではすべてが不気味に見える。
「静かすぎないか?」
Yさんがささやいた。
確かに、夏の虫の鳴き声以外何も聞こえない。
人体模型の都市伝説は、やはりただの噂だったのだろうか。
少し安心し始めたその時だった。
「ドスッ…ドスッ…」
廊下の奥から何か重たいものが、不規則に床を踏み鳴らすような音が聞こえてきた。
「な、なんだ?」
Kさんが声にならない声を上げた。
懐中電灯の光を音のする方へ向けるが、闇が深すぎて何も見えない。
「ドスッ…ドスッ…」
音は徐々にこちらに近づいてきている。
Oさんの心臓は、警鐘を鳴らすように激しく打ち鳴らされた。
まさか都市伝説の人体模型が、本当に動き出したというのか?
三人とも恐怖で足がすくんで動けなかった。
懐中電灯の光が小刻みに震える。
その時、近くの教室から、かすかに「ガサガサ…」という不気味な音が聞こえてきた。
まるで大量の虫がうごめいているような、ぞっとする音だった。
Oさんは恐る恐る懐中電灯の光を、その教室のドアに向けた。
するとドアのガラス部分に、ぼんやりと黒い影が映り込んでいるのが見えた。
影は不規則にうごめいている。
それは人体模型の形などではなかった。
ただ何かがそこに「いる」という、明確な存在感があった。
恐怖は頂点に達した。
Oさんたちは一言も発することなく、来た道を振り返り、窓から飛び出すようにして旧校舎から逃げ出した。
人体模型のことなどもう頭にはなかった。
ただただ、一刻も早くあの場所から離れたかったのだ。
三人で必死に走って学校を抜け出し、息を切らしてOさんの家に帰り着いた。
電気をつけっぱなしにした部屋で、ジュースをがぶ飲みしながら、彼らは旧校舎で見たもの、聞いたものを語り合った。
あの足音、あの蠢く影…。
最初は震えと後悔しかなかった。
だが、根っからの怖い話好きである彼らのことだ。
夜が明ける頃には、恐怖は次第に興奮へと変わっていた。
「あれは、本物だったんだ!」
「まさか、本当に動くなんて!」
顔面蒼白だった表情はやがて目を爛々と輝かせ、彼らは興奮冷めやらぬまま今回の「成果」について語り合った。
これまでの都市伝説探しでは味わえなかった、本物の恐怖。
それは彼らにとって、これ以上ない「最高の怖い話の体験」だったのだ。
しかし同時に、あの旧校舎の底知れぬ不気味さも痛感していた。
二度と足を踏み入れたくないという強い本能的な恐怖も、確かにそこにあった。
「もう…さすがに、あそこへは行けないよな」
誰からともなくそう呟いた。
顔を見合わせ三人で頷き合った。