この話は、地方にある古い展示館で夜間警備をしている、Kさんから聞いた話。
Kさんが勤めている施設は、昔ながらの民具や地域の歴史に関する展示がされている、小さくても趣がある場所だった。
普段はあまり人も来ないが、たまに遠方から熱心な歴史愛好家が訪れることもあった。
その日の夜も、Kさんはいつも通り閉館作業を進めていた。
全ての展示室を回り、電気を消し、窓の施錠を確認する。
館内は薄暗く、Kさんの足音だけがコツコツと静かに響いた。
全ての戸締まりを終え、最後に倉庫の鍵をかけようとしたその時。
「カチャリ」と微かな物音が倉庫の奥から聞こえた。
Kさんは首を傾げた。
自分以外にスタッフが残っているはずがない。
それにこの時間まで残っていたとしても、倉庫に用は無いはずだ。
「どなたか、いらっしゃいますか?」
Kさんは用心しながら、ゆっくりと倉庫へ足を進めた。
薄暗い奥に目を凝らすと、そこには50代から60代くらいの、少し年老いた男が立っていた。
「え?お客さん!?まさか泥棒!?」
Kさんの頭には様々な疑問が浮かんだ。
しかし男の表情は、驚きと困惑が入り混じったようなものだった。
「あの、迷ってしまったのですか?もう閉館の時間ですのでこちらへ」
Kさんは男に近づこうとした。
すると男は、Kさんの言葉を無視するかのようにくるりと背を向けると、倉庫の奥へ向かって走り出した。
その足取りは、年老いた見た目からは想像できないほど俊敏だった。
「待て!暗くて危ないぞ!」
しかし男は振り返ることもなく、奥へ奥へと入っていく。
Kさんは壁にある電気のスイッチを入れ、慌てて男を追いかけた。
薄暗い倉庫の奥は、棚が複雑に入り組んでいる。
Kさんは急いで男の後を追った。
細い通路を抜け、古びた展示物や資料がぎっしり詰まった棚の間を縫うように進む。
すると男は、大きな棚の影に吸い込まれるように消えてしまった。
Kさんは、男が隠れたであろう棚の奥へ急いで近寄る。
しかしそこは行き止まりで、ただの壁だった。
男が消えたはずの場所には何もなく、ただ静かな壁が立ちはだかっているだけだった。
Kさんは何度も壁を触り、叩いてみたが、そこに空間があるようには思えなかった。
逃げた男は見間違いだったかのように、跡形もなく消え去ってしまったのだ。
Kさんは周りを見渡したけど、シンと静まり返っている。
聞こえるのは自分の荒い息遣いだけ。
後日、オーナーにこの出来事を報告してみたのだが、オーナーは基本的に夜遅くまで施設にはいないため、そうしたことは全く分からない様子だった。
そしてオーナーはKさんにこう言った。
「ああ、そういうことは、あんまり内緒にしておいてくれよ。変な噂が立つと困るからな」
それからというもの、Kさんは遅くに倉庫で物音がしても見に行かないようにしてるそうだ。
ちなみに…警備員のバイトでやってくる新人に
「倉庫は確認しなくてもいいのですか?」
と聞かれた事があっても、夜間は確認しなくてもいいと伝えている。
しかし中には責任感が強い人もおり、そういう人には説明しても分かってくれない事が多く、そういった場合はその人を倉庫担当にしたりしてるそうだ。
「まあそういう人はそれを見て悲鳴をあげて戻ってきて、その後辞めちゃったりするんだけどね」
と言っていた。