怖い話と怪談の処

ブログ名の最後の文字は(ところ)と読みます。怖い話や不思議な話が大好きな方、是非ご堪能下さい。記事への★ありがとうございます。

深夜に聞こえてくるオフィスの足音

これは私がまだ前のオフィスビルで働いていた頃の話。

かなり古びたビルで、夜になると独特の静けさに包まれる場所だった。

私はその頃残業が多く、夜遅くまで一人で仕事をしていることがよくあった。

 

ある日、夜中の1時を過ぎた頃だろうか。

資料作成に集中していたのだが、ふと、キーボードを打つ指が止まった。

オフィス全体が、いつも以上に静まり返っていることに気づいたのだ。

静かすぎて、自分の心臓の音が聞こえるような気がした。

その時フロアの奥の方から、かすかに「パタ、パタ…」という音が聞こえてきた。

何の音だろう、と思った。

最初は誰かが残業していて、何かを落とした音か、あるいはエアコンの吹き出し口の音かと思ったのだが、その音は一定のリズムで、止まることなく続いていた。

私は気になってそっと耳を澄ませた。

音はゆっくりと、しかし確実にこちらに近づいてくるように感じた。

まるで誰かがスリッパでも履いて歩いているような音だ。

しかしこの時間、このフロアに私以外に人がいるはずがない。

背筋に冷たいものが走るのを感じた。

私は恐る恐る音のする方を振り返ったが、そこには誰もおらず、あるのは静まり返った空間だけだった。

廊下の照明は薄暗く、奥の方は闇に溶けている。

 

相変わらず音は止まらない。

むしろ、私のすぐ近くから聞こえてくるような気がしてきた。

まるで私の周りをゆっくりと回っているかのような錯覚に陥った。

私は呼吸を止めて、全身の感覚を研ぎ澄ませた。

するとその音が私の椅子のすぐ後ろ、背後から聞こえてくることに気づいた。

思わず首筋にぞわりとした悪寒が走った。

振り返りたいのに体が硬直して動かせない。

恐怖で全身から汗が噴き出すのを感じた。

その時、耳元ではっきりと、しかし意味の分からない低い声が聞こえた。

それは何かを語りかけているような、しかし決して聞き取れない、不気味な響きだった。

まるで古いラジオのノイズのような、ざらついた声だった。

私は悲鳴を上げそうになったが、声が出なかった。

ただ心臓が破裂しそうなほど、激しく打ち鳴らされるのが聞こえた。

そしてその声が聞こえなくなると同時に、あの「パタ、パタ」という音もぴたりと止んだ。

オフィスは再び深い静寂に包まれた。

 

どれくらいの時間、そうしていたのか分からない。

ただ、体が震えて止まらなかったのを覚えている。

私はすぐに荷物をまとめ、その場から逃げるようにオフィスを後にした。