ある企業の閑散としたオフィスビルでの事。
夜勤の警備員Hさんは、いつものように監視モニターを眺めていた。
日付が変わる少し前、彼が担当するフロアの入退室ログに、奇妙な記録が残るようになった。
それは数週間前から無断欠勤を続けている同僚、Kさんのパスカードの記録だった。
Kさんは数週間前、何の連絡もなく突然会社に来なくなった。
家族にも連絡がつかず、警察にも捜索願が出されていたが、行方は杳として知れなかった。
そんなKさんのパスカードが、毎日、深夜の2時17分にオフィスビルに入館し、午前3時00分に退館するというのだ。
最初はシステムのエラーかと思っていた。
だが、IT部門に問い合わせても異常はないという。
Hさんは念のため、Kさんのパスカードのログが残る時間帯に、該当するフロアの監視カメラの映像を確認することにした。
映像には、深夜の静まり返ったオフィスが映っていた。
フロアに人影はない。
パスカードリーダーが光り、認証音が鳴る。
だが、パスカードが認識されたはずの場所には、誰も映っていない。
そしてしばらくすると、再びパスカードリーダーが光り、退館の認証音が響く。
やはりそこには誰もいない。
毎日決まった時間に、透明な何かがパスカードを使い、オフィスに出入りしているとしか思えなかった。
Hさんはその報告を上司にしたが、一笑に付されるだけだった。
「幽霊でも出たって言うのか?疲れてるんだよ、Hさん」
しかし、Hさんの心には、拭い去れない不気味さがまとわりついていた。
ある夜、Hさんはパスカードのログが残る直前の時間、Kさんのパスカードが最後に使用されたフロアへと向かった。
フロアは暗く静まり返っていた。
通路の奥にあるKさんのデスクの周りも、もちろん誰もいないのだが、Hさんは異変に気が付いた。
Kさんの席に置かれた椅子が、デスクからほんの数センチ後ろに引かれている。
まるで誰かが座って、立ち上がったばかりのように。
Hさんは思わず息をのんだ。
毎日誰もいないはずのオフィスで、Kさんのパスカードが使われ、Kさんの椅子だけが動いている。
Kさんが本当に姿を消したのか、それとも別の何かが彼のパスカードを使って、彼の場所に戻ってきているのか。
Hさんには、その答えが分からなかった。
ただ一つ確かなのは、その日からHさんが深夜の巡回で、Kさんのフロアに近づくたびに、ゾクリとした冷たい空気が彼を包み込むようになったことだ。
それからというもの、決してKさんのデスクには近づかないようにしているそうだ。