Sさんは大学二年生の男子学生で、朝早くに家を出て通学していた。
彼の通学路は少し特殊で、毎朝6時には裏山を抜けてキャンパスへ向かうのが日課だった。
その裏山には舗装されていない細い小道があり、そこを通れば大学まで近道できるのだ。
朝の澄んだ空気と、鳥のさえずりだけが聞こえる静かな小道は、Sさんのお気に入りの場所だった。
ある日のこと、Sさんがいつものように小道を歩いていると、前から誰かが歩いてくるのが見えた。
まだ薄暗い早朝にもかかわらず、その人物は真っ白な服を身につけていた。
まるで夜明けの霧から現れたかのように、ぼんやりとした輪郭がゆっくりとSさんに近づいてくる。
Sさんはこんな朝早くに、しかもこんな裏山で真っ白な服を着た人とすれ違うのは珍しいと思った。
すれ違いざま、Sさんは何気なくその人物に目を向けた。
その人物は無言でSさんの横を通り過ぎた。
なんとなく気になって、Sさんは後ろを振り返った。
すると驚いたことに、その人物も同時に振り返っていた。
Sさんの視線と、その人物の視線が絡み合う。
しかし、Sさんはその人物の顔を見て息をのんだ。
顔だけがやけに大きく、のっぺりとしていたのだ。
まるで真っ白な仮面をつけているかのようで、目鼻立ちがはっきりしない。
それは人間の顔とは到底思えない異様な見た目だった。
Sさんは背筋が凍るのを感じゾッとした。
すぐに視線を逸らし、その場を足早に立ち去った。
それから数日後、Sさんは再び裏山を通りかかった。
小道の脇にひっそりと佇む小さな祠に、ふと目をやった。
普段は誰も気にも留めないような小さな祠だが、その日、そこには真新しい供え物が置かれていた。
白いお米と、まだ水滴のついた野菜が、丁寧に供えられていたのだ。
こんな裏山の人目につかない祠に、一体誰が。
Sさんは数日前の白い服の人物を思い出し、胸騒ぎを覚えた。
その日以来、Sさんはその裏山の小道を通るたびに、体調を崩すようになった。
最初は単なる風邪だと思っていた。
しかし決まってその道を通った後、熱が出て寝込むのだ。
病院に行っても原因は不明と言われるばかり。
友人たちは、季節の変わり目だから疲れているだけだ、と言った。
Sさんは、次第にその小道を通るのを避けるようになった。
遠回りをして時間がかかっても、裏山には近づかないようにした。
しかし、一度見てしまったあの白い顔と、祠に供えられた真新しい供え物が、Sさんの記憶から離れることはなかった。
今でも、Sさんはその裏山の小道を通ろうとすると、体の芯から冷えるような悪寒に襲われるという。
そして白い仮面のような顔が、いつもどこかで自分を見ているような気がしてならないそうだ。