怖い話と怪談の処

ブログ名の最後の文字は(ところ)と読みます。怖い話や不思議な話が大好きな方、是非ご堪能下さい。記事への★ありがとうございます。

鏡の前に座る子

これは、演劇部だったTさんから聞いた話。

 

Tさんは、高校で演劇部に所属していた。

熱心な部員で、放課後はいつも部室に入り浸っていたそうだ。

部室は校舎の隅にあり、古くてあまり使われていない部屋だった。

独特の埃っぽい匂いがする、薄暗い空間。

その部室には、いつも不思議な光景が広がっていたという。

 

部室の奥には、全身を映す大きな鏡が置かれていた。

それは舞台稽古に使うためのものだったが、Tさんが部室に入るたびに、その鏡の前に必ず誰かが座っていたのだ。

彼女はいつも背を向けていて、長い黒髪が背中に垂れ下がっていた。

制服を着ていたが、Tさんの知る部員ではなかった。

 

Tさんは何度か声をかけたことがある。

「あの、すみません…」

だが返事はない。

ただ、そこにある静寂が、その子の存在を際立たせていた。

最初は「変な子だな」くらいにしか思わなかった。

Tさんは自分のカバンをいつもの場所に置いて、トイレに立つ。

数分後、部室に戻ってくると、鏡の前にいたその子はいなくなっていた。

 

ある日、Tさんは先輩にその子のことを尋ねてみた。

「最近、鏡の前に座ってる子がいるんですけど、あれって誰ですか?」

すると先輩は少し顔色を変えて言ったそうだ。

「ああ、あの鏡の前の…ね。昔からいるんだよ、あの子。

でも、絶対目を合わせちゃダメだよ」

先輩は声を潜めて続けた。

「あのね、あの子と目を合わせると、ちょっとした事故で舞台に間に合わなくなるって言われてるんだ」

その話を聞いてから、Tさんはその子がさらに気になってしまった。

目を合わせてはいけないと言われれば言われるほど、その正体を知りたくなったのだ。

そして公演が近づき、稽古に熱が入るにつれて、Tさんの好奇心は抑えきれなくなっていった。

 

ある日の放課後。

部室に入ると、いつものように鏡の前にその子が座っていた。

Tさんはカバンを置くと、意を決してその子の横に回り込んだ。

ゆっくりと顔を覗き込む。

その顔はTさんの想像とは違う、無表情な、しかしどこか悲しそうな顔をした少女だった。

 

その日から、Tさんの日常は少しずつ狂い始めた。

足元がおぼつかなくなったり、物が手から滑り落ちたりすることが増えた。

そして公演の一週間前。

舞台の小道具を運んでいたTさんは、階段の途中で突然足を踏み外した。

ドタドタドタッという音とともに、Tさんの体は数段転がり落ちた。

幸い命に別状はなかったものの、足首をひどく捻挫してしまった。

全治ニ週間。

Tさんは楽しみにしていた公演に、出られなくなってしまったのだ。

 

「まさか…本当にあの子のせい?」

Tさんは、鏡の前の少女の顔を思い出すたびに、ぞっとするような感覚に囚われたという。