電気設備の点検員をしているTさんから聞いた話。
その日、Tさんはいつものように、古びた研究施設の電気点検に呼ばれた。
築年数がかなり経っている建物で、廊下には古びた薬品の匂いがわずかに残っていて、壁のあちこちにはひびが入っていた。
点検作業はいつも通りに進んだ。
高圧受電設備から非常用発電機まで、普段と変わった様子もなく、異音や異常な発熱も確認されなかった。
Tさんは点検箇所を丁寧に回り、各機器のメーターをチェックし、問題がないことを確認した。
施設の担当者にも特に変わったことはないか尋ねたが、返ってきたのは「いつも通りですよ」という曖昧な返事だった。
彼はいつものように淡々と作業をこなし、異常なしの報告書を作成し、施設を後にした。
しかし、その翌日のこと。
Tさんのもとに、再び同じ研究施設から点検の依頼が入ったのだ。
Tさんは首を傾げた。
昨日に異常なしの報告を出したばかりなのに、一体どういうことだろう、と。
不審に思いながらも、彼は再びその研究施設へと向かった。
施設に到着し、受付で事務員に昨日の点検について尋ねると、事務員は困惑した顔で
「誰も点検の依頼などしていませんが…」
と答えるではないか。
Tさんはその言葉に、背筋が凍るような感覚を覚えた。
まさかと思い昨日の点検報告書を確認すると、Tさんが完璧に仕上げたはずの報告書が、まるで悪意を持って塗り潰されたかのように、真っ黒なインクでぐちゃぐちゃに塗り潰されていたのだ。
文字も図も、何もかもが判読不能な状態になっていた。
Tさんは事務員に事情を話し、昨日の点検時の記録を確認したいと申し出た。
研究施設には、セキュリティのために各所に監視カメラが設置されており、点検中のTさんの動きも記録されているはずだった。
監視カメラの映像を確認すると、点検作業をしているTさんの姿が映し出されている。
彼は淡々と作業をこなし、機器のチェックを進めていた。
しかし映像が進むにつれ、Tさんの背後に、奇妙な「何か」が映り込んでいることに気づいた。
それは白い研究着のような服を着ているように見えるのだが、肝心な首の部分がない。
ゆらゆらと揺れるその影はTさんの動きに合わせ、まるでTさんについて回るかのように、Tさんの背後を漂っていたのだ。
Tさんは映像を何度も巻き戻して確認したが、何度見てもその首のない影はそこにいた。
点検中は全く気づかなかった自分の背後に、ずっとそんなものがついてきていたのかと思うと、Tさんは全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。
その影はTさんが動けば動き、Tさんが立ち止まれば立ち止まり、まるで彼の存在を監視しているかのようだった。
その日以来、Tさんは古い建物の点検に行くたびに、何かの気配を感じるようになり、点検が終わるまで常に背後に注意を払うようになったそうだ。
彼はあの首のない影が、今もどこかで自分を見ているのではないかと、常に怯えていると言った。