人気のない深夜のビルは、普段は静まり返っている。
しかしここ最近、Kさんは奇妙な現象に気づいていた。
それは深夜の巡回中、決まって3階東側の非常灯だけが素早く点滅している時があることだった。
Kさんは最初、単なる球切れか、電気系統の不具合だろうと考えた。
報告しようとも思ったが、よくよく観察すると、その点滅は深夜の2時過ぎにしか起こらず、他の時間には何の異常も見られないのだ。
一度だけならまだしも、それが不定期に、しかし決まって深夜2時過ぎにだけ起こることに、Kさんは徐々に不審を抱き始めた。
その日も午前2時を過ぎた頃だった。
巡回ルートを回っていたKさんの目に、やはり3階東側の非常灯が、チカチカと不自然な速さで点滅しているのが飛び込んできた。
他の階はなんともないのに、そこだけが狂ったように光を放っている。
Kさんは懐中電灯を手に、ゆっくりと向かった。
エレベーターを降りると、そこはひんやりとした空気が漂っていた。
点滅する非常灯の明かりが、薄暗い廊下を不気味に照らし出している。
Kさんの足音だけが、シンと静まり返ったフロアに響く。
点滅する非常灯の場所へ近づいていくと、Kさんの目に信じられない光景が飛び込んできた。
薄暗い廊下の奥、非常口の手前に、スーツを着た男が立っていたのだ。
深夜のオフィスビルに、Kさん以外の人間がいるはずがない。
Kさんは思わず立ち止まり、その男を凝視した。
男は壁に背を向けるようにして立っており、顔は暗がりに隠れてよく見えない。
しかし、その立ち姿からは妙な威圧感が漂っていた。
Kさんは警戒しながらも声をかけた。
「おい、こんな時間に何をしている!?」
だが、男からの返事はなかった。
男は微動だにせず、Kさんの存在をまるで認識していないかのようだった。
Kさんは再び声を張り上げた。
「動くな!警備員だ!」
その瞬間、男はふっと体の向きを変えた。
その動作はあまりにも滑らかで、まるで影が揺れるかのようだった。
そしてKさんが目を凝らす間もなく、男は廊下の角をふっと曲がっていったので、Kさんは咄嗟に懐中電灯の光を向け、男が消えた角まで駆け寄った。
しかし、そこには誰もいない空間が広がっていた。
Kさんの背筋に冷たいものが走った。
その日以来、3階東側の非常灯が点滅するたびに、Kさんはあのスーツの男の姿を廊下の奥に幻視するようになった。
男はいつも無言で、Kさんの気配を感じると必ず角を曲がって消える。
ある晩、いつものように非常灯が素早く点滅していた。
廊下の奥に男の姿を見つけたKさんは、思わず「またか」とため息をついた。
だが、その日の男はいつもと違っていた。
男は角を曲がろうとせず、Kさんの方へゆっくりと向き直ったのだ。
暗がりに隠れていたはずの顔が、点滅する非常灯の不規則な光で、ぼんやりと浮かび上がる。
男の顔には、口元に不気味な笑みが浮かんでいた。
そしてその目は、真っ暗な穴のようになっていて、Kさんをじっと見つめていた。
Kさんは全身の血の気が引くのを感じた。
その口元が、ゆっくりと動くのが見えた。
「次はおまえの番だ」
その声は耳の奥で直接響くような、重く、ぞっとするような響きだった。
Kさんは恐怖のあまりその場に立ち尽くした。
男は再びふっと角を曲がって消えた。
Kさんはそれ以来、その3階東側の非常灯の点滅に、今まで以上の恐怖を覚えるようになった。
非常灯が点滅するたびに、あの男の言葉が脳裏をよぎる。
次に非常灯が点滅した時、男は一体何を告げるのだろうか。
Kさんに何が起こるのだろうか。
Kさんは、夜の巡回が心の底から恐ろしくてたまらない、と言っていた。