Mさんたち大学生グループは、休日を利用して近場の山に登山に来ていた。
新緑が眩しい季節で、道中も賑やかに談笑しながら、ゆっくりとしたペースで山を登っていく。
ちょうど昼食を終え、もう少しで頂上というあたりで、小さな観光展望台に立ち寄ることにした。
展望台は、山の景色を一望できる開けた場所にあり、頂上付近の少し手前に位置する。
小さな東屋が建てられ、中には木製の古びた望遠鏡と、休憩用のベンチがいくつか設置されていた。
普段なら観光客で賑わう場所だが、その日はあいにくの曇り空。
人もまばらでひっそりとしていた。
遠くの景色も霞んで見え、少し肌寒い風が吹き抜けていく。
Mさんはグループの友人たちが望遠鏡を覗いたり、写真を撮ったりしている間、少し疲れたので一人でベンチの端に腰を下ろした。
ひんやりとした木の感触が、登りで火照った体に心地よく感じられる。
ぼんやりと霞んだ景色を眺めていると、心なしか周囲の音が遠のいていくような気がした。
その時、背もたれ越しに、何かがMさんの右肩に触れた。
Mさんは反射的に振り向いた。
誰かが後ろに立っている気配は全くなかった。
そこにいたのは、Mさんの肩にそっと置かれた、赤い手袋をした手だった。
Mさんは息を呑んだ。
その手は、まるでマネキンの手のように不自然に真っ直ぐで、ぴくりとも動かない。
赤い手袋は真新しいわけではなく、少し使い込まれたような、くすんだ赤色をしている。
しかし、何よりもMさんを凍り付かせたのは、その手の異様な冷たさだ。
まるで氷に触れたかのような冷たさが、服越しにもはっきりと伝わってきた。
Mさんは恐る恐る、その手を視線で追った。
しかし、手の先には何も見えない。
肘も、腕も、体のどこにも繋がっていないのだ。
ただ、そこには赤い手袋をはめた手だけが、Mさんの肩に置かれているだけだった。
「なんだこれ!?」
全身の毛穴が逆立つような感覚に襲われる。
友人の誰かの悪戯だろうか?しかし、悪戯にしてはあまりにも不気味で、そして何よりも、その手の冷たさが尋常ではない。
Mさんはゆっくりと、その赤い手から視線を外した。
そしてゆっくりと顔を上げて、もう一度背後を確認する。
しかし、やはり誰もいない。
Mさんは再び、恐る恐る肩に視線を戻した。
すると、先ほどまでMさんの肩に置かれていたはずの赤い手は、そこにはなかった。
まるで最初から何もなかったかのように、Mさんの肩は何の変哲もない状態に戻っている。
Mさんは慌てて立ち上がった。
全身から冷や汗が噴き出し、立っているのもやっとだ。
友人たちが談笑している声が遠くに聞こえるが、Mさんの耳には何も届かない。
ただ、あの異常なほど冷たい赤い手の感触だけが、Mさんの肩にこびりついているようだった。
Mさんは震える足で友人たちの方へ駆け寄ると、半ばパニック状態で「帰ろう、もう帰ろう!」と叫んだ。
友人たちは突然のMさんの様子に驚きながらも、ただならぬ雰囲気を察し、首を傾げながらも下山を始めることになった。
Mさんは振り返ることなく、一目散に山を下っていった。
あの東屋に、今も赤い手が現れることがあるのか、それは誰にも分からない。