ある晴れた週末の午後、Yさんは小学生になる娘を連れて、山のふもとにある森林公園を訪れていた。
都会の騒がしい場所と違い、休日でも人がまばらで、静かに過ごしたい家族にはうってつけだった。
Yさんの目的は、娘がネットで見て興味を持った、園内奥にある木製遊具だった。
木製の滑り台やジャングルジムでしばらく遊んだ後、娘はふと、その奥にひっそりと佇むブランコを見つけた。
それは古びた木製のもので、使い込まれた座面はすっかり色褪せ、鎖は錆びついていた。
他に遊んでいる子どもはいない。
娘は迷うことなくそのブランコへ駆けていき、楽しそうに揺らし始めた。
Yさんは少し離れたベンチに座り、娘の無邪気な姿を眺めていた。
すると突然、娘が座るブランコの隣にあるもう一つのブランコが、ギィ、ギィ…と音を立ててゆっくりと揺れ始めた。
Yさんはなんで揺れてるんだろうと思い、風で揺れてるのかな?とじっと見つめた。
しかし周りの木々は微動だにせず、公園内を吹き抜ける風などどこにもない。
それでもブランコは、まるで誰かが座って揺らしているかのように、ギーギーと揺れている。
Yさんはすぐに異変を感じた。
Yさんが娘に声をかけようとベンチから立ち上がったその時、ブランコに乗ったままの娘が、Yさんの顔を見上げることなく、怖がる目でブランコの奥の一点を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「お姉ちゃん、怖い顔してる」
その言葉に、Yさんは全身に鳥肌が立つような悪寒を感じた。
娘の視線の先を追うが誰もいない。
ただ古びた木製遊具と、静かに揺れるブランコだけがある。
Yさんには、娘が言った「お姉ちゃん」らしき人影は、どこにも見えなかった。
いや、見えないはずだった。
娘のその言葉は、Yさんの胸に得体の知れない恐怖を植え付けた。
Yさんは急いで娘の元へ駆け寄り、ブランコから降ろし、もう帰ろうと娘の手を引いて歩き出す。
Yさんは娘の手を引きながら何度も振り返ったが、そこには誰もおらず、ただブランコが揺れてるだけだった。
その晩、娘は高熱を出した。
うなされる娘の寝顔を見ながら、Yさんはふと、娘の手の甲に目をやった。
そこには五本の指の形をしたような、くっきりと赤いあざが残されていた。
それはまるで、誰かが娘の細い手を、強く掴んだかのような跡に見えた。
あの時、Yさんには見えなかった「お姉ちゃん」が、娘を掴んだのだろうか。
その夜、Yさんは娘が連れて行かれるんじゃないかと心配になり、一睡もできなかった。
それからは、その森林公園へは足を運んでいないそうだ。