小学生のSさんは、夏休みに地域のお寺で宿泊体験に参加した。
これは地域の子供たちが集まって、お寺での生活を体験するという催しだった。
Sさんの他にも、地域の学校から集まった数人の希望者が、本堂に布団を並べて寝ることになっていた。
昼間、子供たちは住職からお寺の歴史や仏様の教えについて話を聞いた。
古びた本堂の柱や、使い込まれた畳、そして厳かな仏像に、Sさんは普段の生活では感じられない空気を感じていた。
住職は優しそうな人で、時折冗談を交えながら、子供たちにも分かりやすいように話をしてくれた。
その後は広大な境内を散策したり、庭の手伝いをしたりと、普段できない体験に子供たちは興奮していた。
夜になり、夕食を終えると、住職から消灯の時間が告げられた。
本堂にはSさんたち希望者の子供たちが、雑魚寝する形で布団を敷いていた。
みんな疲れているはずなのに、布団に入ってからも小声で喋り続けていた。
お互いの学校での出来事や、今日の体験の話で盛り上がっていたが、やがて話し声も途絶え、本堂は静かになっていった。
一人、また一人と寝息を立て始め、Sさんもウトウトとまどろみの中にいた。
意識が半分くらい夢の中にいるような、そんな曖昧な時間だった。
その時、微かな声が聞こえてきた。
最初は虫の鳴き声か、それとも風の音かと思った。
しかし、その声はだんだんと、はっきりとした人の声になっていく。
それは低い、男性の読経の声だった。
Sさんは寝ぼけているのかと思った。
こんな夜中に、誰かがお経を読んでいるはずがない。
ましてやこの本堂には、Sさんたち子供と引率の大人しかいない。
耳を澄ませる。
読経の声は本堂の奥、普段は滅多に入ることのない、本尊が安置されている方から聞こえてくるようだった。
誰もいないはずなのにそこに誰かがいるような、そんな錯覚に陥った。
恐怖がじわりとSさんの全身を這い上がってくる。
心臓の音がドクドクと大きく鳴り響き、布団に潜り込んだ。
頭のてっぺんまで布団を被り、息を殺してじっとした。
読経の声は、布団の中に潜り込んでも聞こえてきた。
低い声が一定のリズムでずっと続いている。
Sさんは目をぎゅっと閉じ、早く朝が来るようにと願った。
隣で寝ている他の子供たちは、みんなすやすやと眠っている。
Sさんだけが、この奇妙な読経の声を聞いているような気がした。
それがさらにSさんの恐怖を煽った。
夜がどれくらい続いたのか、Sさんには分からなかった。
ただ、読経の声は途切れることなく、ずっと聞こえ続けている。
読経の声を聞きながら、Sさんはいつの間にか眠ってしまったようで、気がついた時にはもう朝になっていた。
鳥のさえずりが聞こえ、本堂には明るい光が差し込んでいた。
一瞬、夢だったのかと思ったが、あの読経の声はあまりにもはっきりと聞こえていて、とても夢とは思えなかったとSさんは語ってくれた。