Sさんから聞いた話。
Sさんは仕事終わりの日課として、いつも海沿いの遊歩道を歩いていた会社員だった。
日中は観光客やカップルで賑わう場所だが、夜遅くになると人通りはほとんどなくなる。
街の灯りも届かない暗い遊歩道で、波の音と潮風だけが、日々の仕事で疲れたSさんの心を癒してくれた。
ある晩、いつものように遊歩道を歩いていると、遠くから微かな音が聞こえてきた。
それは「パチャ、パチャ」と誰かが水面を叩くような音だった。
夜の海に人がいるはずもなく、Sさんは少し不思議に思ったが、魚でも跳ねているんだろうか、と深くは気にしなかった。
さらに進むと、その音は次第に大きくなってきた。
しかし音のする方を見ても、真っ暗な海面には何も見えない。
月明かりも薄暗く、ただ黒い波が寄せては返すだけだった。
Sさんは立ち止まり目を凝らしたが、波が岩にぶつかる音に混じって、「パチャ、パチャ」という規則的な音だけが、すぐそばの海から聞こえてくる。
まるで見えない何かが、波打ち際にいるかのようだった。
Sさんは少し不気味に感じたが、そのまま歩き続けた。
すると遊歩道の脇にある手すりに、濡れたような跡がついているのに気づいた。
それは誰かの手のひらで触れたかのような形をしていた。
Sさんがそっと触れてみると、手すりは乾いていて濡れた形跡はなかった。
そういう模様なんだろうか、とさらに進むと、また同じような跡がいくつか手すりに続いていた。
そしてその跡は、次第に遊歩道のアスファルトにも点々と続いていく。
まるで水から上がったばかりの誰かが、歩いてきたかのような跡だった。
Sさんは、その不自然な足跡を追うように歩き続けると、遊歩道の途中に小さなベンチがある場所に出た。
そのベンチにはポツンと、濡れた足跡が一つだけ残されていた。
その足跡は人間のものにしては少し大きく、形が少し変だった。
あえていうならば、足の指と指の間に水かきのようなものがついているように見える。
その時、Sさんの右側、林になっているところから「ペタッ、ペタッ」という音が聞こえた。
怖くなったSさんは急いで走って帰ったという。